おはなしの森

短編・ショートショート・童話など、大人から子供向けまで、気ままに綴りたいと思います。

王様のシロップ

王様は大のシロップ好き。

コーヒーに入れたり、ソーダに入れて一日に何度もシロップを楽しみます。

その香りと甘さのとりこなのです。

お城のコック長であるピエールさんは毎日シロップを使ったメニューを作るのに大忙し。

だけど、王様はもっとおいしいレシピはないのかとワガママを言うのです。

そんな王様に応えようとピエールさんは今日も朝からレシピ作りに頭を悩ませています。

「朝のレシピは何だ?」

王様はワクワクして尋ねます。

「はい、キャラメルのシロップを使ったシナモンロールラテでございます」

ピエールさんは王様のテーブルにカップを置きました。

「スパイシーな香りのシナモンと、甘いキャラメルの相性は絶妙じゃのう」

王様はこのレシピが気に入ったようだ。

ピエールさんはホッと胸をなでおろした。

しかし、ゆっくりしてはいられない。

すぐに昼食後のシロップレシピを考えなければならないからだ。

「昼のレシピは何だ?」王様に尋ねられ、「レモネードソーダでございます」とピエールさんは答えた。

「おお、わしの好物じゃ」

王様は上機嫌でレモネードソーダを飲み干した。

「夜も楽しみにしておるぞ」王様に言われ、「ははっ」ピエールさんはうやうやしく答えた。

ピエールさんは少し休憩すると、夕食の準備と夜のシロップレシピに取り掛かるのだった。

「夜のレシピは何だ?」王様の質問に「ブラックチェリーモカでございます」とピエールさんは答えた。

「ほお、このレシピは初めてじゃな」王様は嬉しそうに言うと、カップに口をつけた。

「濃厚で芳醇な香りのブラックチェリーとモカブレンドはくせになるのぉ」王様はこのレシピも気に入ったようだ。

「明日も頼むぞ」

「ははっ」

ピエールさんの忙しい一日はようやく終わりを迎えた。

ベッドに入る前、ピエールさんはノートにいくつかのレシピを書いた。

「明日の朝はどれにしようかな」

レシピを考えるのは大変だけど、王様が喜ぶ顔を見ると次のレシピを考える意欲が湧いてくるのだ。

「今朝はチョコバニラスチーマーです」

「ほう」

王様は今朝も上機嫌でシロップドリンクを召し上がった。

「ところで、明日の晩餐会だが、来賓にふるまうシロップの用意はできておるか?」

「はい、ぬかりなく」

ピエールさんは毎日のレシピとは別に、明日の晩餐会に向けての特別レシピもちゃんと考えていた。

いよいよ晩餐会が始まり、来賓がそろうとシロップドリンクが振舞われた。

マロングラッセシロップを使ったオ・レマロングラッセ、チョコレートシロップを使ったチョコミントソーダ、ストロベリーシロップを使ったホワイトストロベリーミルク、オレンジシロップを使ったオレンジモカなどなど。

ピエールさんご自慢のドリンクが次々に登場し、来賓たちは舌つづみを打った。

「王様、わたくしシロップを使った飲み物、大変おいしくいただきましたわ」

隣国から訪れていたお姫様が王様と談笑している。

ピエールさんはその様子を見て、ホッと胸をなでおろした。

もちろんレシピには自信があったけれど、お客さんの笑顔を見るまではやっぱり少し心配だったから。

晩餐会も無事終わり、日常が戻って来た。

しかし、ピエールさんはあいかわらずシロップドリンク作りに追われ一日があっという間に過ぎていく。

ある日の昼食後、アイスパッションフルーツラテを飲んでいた王様がピエールさんに話しかけた。

「実はこの間の晩餐会に来ていた隣国の姫と結婚することになった」

「それはまことにおめでとうございます」

「この結婚はピエールコック長が作ったシロップドリンクのおかげだ」

結婚はおめでたいことだが、それが自分の作ったシロップドリンクのおかげとはどういうことだろう。

「姫はシロップドリンクがいたく気に入り、国に帰ってから城のコックに作らせたそうだ。しかし、どうやっても晩餐会で飲んだような味にはならなかった。それで、姫はいいことを思いついた、つまり私と結婚すれば一生おいしいシロップドリンクが飲めるというわけだ」

「はあ、まことに光栄です」 

そう言ったものの、そんな理由で結婚を決めてもいいのだろうか。

浮世離れした人たちの考えていることはよく分からないけれど、王様もとてもうれしそうだから終わり良ければすべて良しだ。

「ピエールコック長には特別に褒美を取らす」

「ははぁ、ありがたき幸せ」

ピエールさんはたくさんのご褒美をもらい、ますます王様のためにおいしいシロップドリンク作りに励むのだった。

白い世界

今は冬。

降り積もった雪は3メートルにもなって、外に出るのも一苦労。

除雪車が作った道を犬のスワンと一緒に散歩するのが私の日課

おばあちゃんが買ってくれた薄紫のふわふわコート。

大きなお花の刺繍がしてあるのも素敵だし、裾がスカートみたいに広がっているのがお気に入り。

外は寒いけれどいいお天気。

私はコートを羽織ると白い手袋をしてスワンと一緒にお散歩にでかけた。

雪の壁のすきまから青空が見える。

スワンは2歳のサモエド犬。

毛が真っ白だからスワンと名付けたけれど、すっかり大きくなってしまったから、白鳥とは全然似ていない。

スワンと一緒に歩いていくと、目の前にカモシカが現れた。

スワンのことをじっと見た後私のことを見た。

私はスワンのことを引っ張って雪の壁にぴったりとくっついた。

カモシカは私の方にゆっくりと近づいてきた。

スワンは小さくウーッと唸っている。

カモシカの鼻先が私の顔に近づいて、私は逃げることができずに思い切り目を閉じた。

しばらくじっとしていたから、カモシカは行ってしまっただろうかと私はうっすらと目を開けてみた。

するとカモシカはもういなくなっていた。

私はホッとしてスワンとの散歩の続きを始めようと前を向いて驚いた。

さっきまであったはずの雪の壁がすっかりなくなって、辺りはふわふわの雲に変わっていたのだ。

「うわあ、すごい!」

見渡す限り雲のじゅうたんが広がっていて、その終わりは見えない。

「行こう、スワン」

私が言うと、スワンは元気よく走り出した。

最初は私がついていけるくらいのスピードだったのに、こんな広い場所を走るのがよほどうれしかったのか、スワンが走るスピードはどんどん速くなった。

足がもつれて転んでしまった衝撃で私はひもを放してしまった。

 

「スワン!待ってー」

私は転んだまま叫んだけれど、スワンは止まらない。あっという間に見えない程遠くへ走って行ってしまった。

「スワンのバカ。どうして私を置いていっちゃうのよ」

私はしかたなく、とぼとぼと雲の上を歩き始めた。

するとさっきまでは気づかなかったけれど、遠くの方に白いお城が現れた。

ずいぶん歩いてやっとお城にたどりついた。

近づいてみるとそのお城は思っていたより随分小さかった。

コンコンとノックすると、扉が勝手に開いた。

ちょっぴり怖かったけれど、やっぱりお城の中がどうなっているのか見てみたくて、私は勇気を出して足を踏み入れた。

お城の壁はクリスタルみたいにピカピカで外からの光がたっぷり入ってくるから、中はとても明るい。

らせん階段を上って二階に上がるとまた扉があった。

私がそっと触れると扉は勝手に開いた。

中は大きな広間だった。

そして広間の中央には白いドレスを着た女の子が椅子に座り、その隣にはスワンそっくるに犬が寝そべっていた。

「スワン!」

私が呼び掛けてもスワンはぴくりとも動かない。

スワンに似ているけど、スワンじゃないのかな?だけど、どう見てもやっぱりスワンだ。

「スワンでしょ?」

私はもう一度呼んでみたけれどやっぱり動かない。

「あなたは何しに来たの?」

女の子が私に尋ねた。

「勝手に入ってごめんなさい。私の犬がどこかへ行ってしまって。あなたの横にいる犬にそっくりなんだけど・・・」

その犬がスワンである証拠はない。

でも、もしスワンならこのまま帰るわけにはいかない。

「これは私の飼っている犬よ」

「そうですか」

白いドレスの女の子はそう言うけれど、やっぱり私はあきらめきれない。

「用が済んだら出て行ってくれない?」

「はい・・・」

私が部屋を出て行こうとすると、白い犬の前足がピクッと動いたような気がした。

「やっぱりスワンだ!スワン」

私は白い犬に駆け寄ると抱きついた。

「ちょっと、勝手なことしないで」

白いドレスの女の子は立ち上がると、私と犬を離そうとした。

「いや!私はスワンと一緒に家に帰るんだから」

「あなた、もう帰っちゃうの」

「えっ?」

白いドレスの女の子は急に寂しそうに言った。

「せっかく友達になれると思ったのに」

さっきは用が済んだら出て行ってと言ったのに。

「どういうこと?」

「知らない・・・、帰るんならこのこを連れて行けばいいわ」

白いドレスの女の子はそんなことを言いだした。

「いいの?」

「いいから、早く行きなさいよ」

女の子はスワンにそっくりな犬を私の方によこした。

「スワン!」

女の子がなぜスワンを返してくれたのかわからないけれど、とにかく私はうれしくてスワンに抱きつくと頬ずりをした。

「じゃあね、またいつか会えたら一緒に遊びましょう」

「えっ?」

女の子がそう言うと、白いお城と白いドレスの女の子は一瞬で消えてしまった。

「えっ?」

驚いたのもつかの間、立っていた雲に突然穴が開き、私とスワンは雲から落ちた。

気がつくと私はスワンの上に寝っ転がっていた。

そこはさっきまで散歩していた雪の壁の道だった。

私はしばらくボーっとしていたけれど、スワンがクゥーンと鳴いたので、家に帰ろうと立ち上がった。

「またあの子に会えるかな?」私がつぶやくと、スワンは「ワン!」と元気に吠えたのだった。

落とし穴を掘るのだ!

僕はある日の放課後、友達のケンジくんと落とし穴を掘ることにした。

母さんにバレるときっとやめなさいと言われるから、僕は納屋からこっそりおじいちゃんの大きなスコップを持ち出したんだ。

ケンジくんのうちには大きなスコップがないから、僕は重いスコップを2本肩にかついだ。鉄でできたスコップはとても重かったけれど、落とし穴を掘るためならへっちゃらだ。

僕が通っていた幼稚園の裏手に広い空き地がある。

その幼稚園は今は使われていないから、普段は誰もいない。

僕が空き地で待っているとケンジくんが息を切らしてやってきた。

「お待たせー!早く落とし穴掘ろうよ」

「うん、わかってるって」

僕らは落とし穴を掘る場所を決めるため、空き地を歩き回った。

ケンジくんにもスコップを渡し、地面をザクザクやって掘りやすい場所を探した。

すると広場の半分くらいは柔らかい土であることが分かった。

僕はスコップをズルズル引きずって線を引いた。

「こっから向こうに作ろう」

「うん分かった」

「あとね、堀り終わって蓋をしたら、ちゃんと目印をしないといけないよ」

「分かってるって」

僕らが決めたルールは、自分が掘った落とし穴に、相手を落とすというものだ。

自分が落ちてしまったら台無しだから、自分にだけ分かる目印を持ってきている。

何にしようか迷ったけれど、僕は折り紙を小さくちぎったものにした。

ケンジくんが何を目印にしたのか僕はもちろん知らない。

僕とケンジくんは背中合わせに歩き始めた。

そして堀り終わるまでは決して振り返ってはいけない。

僕とケンジくんは適当な場所を見つけるとさっそく掘り始めた。

僕はスコップで大体の大きさの輪を書いてその内側を掘った。

10センチくらいの深さまで掘ったところで僕はあることに気が付いた。

掘った分の土が山になっているのだ。

これではここに穴がありますよと言っているようなものだ。

「ケンジくん、ちょっといいかな」

僕は大声で言った。

「なに?」

手遅れになる前にどうしても話さなければいけない。

「掘った時に出る土なんだけどさ、これどうにかしないとマズいよね」

「あー、ほんとだ、どうしようこれ」

僕らの動きは完全にストップした。

「考えてなかったね」

「そうだね」

「一旦集合しない?」

「そうしよう」

僕らはどうするか話し合うため、最初にいた場所まで走った。

「ねえ、僕いいこと思いついたよ」

ケンジくんが言った。

「え、ほんと?」

僕は何も思い浮かばなくて、このままあきらめて帰るしかないと思っていたのに、ケンジくんはすごい。

「最初にね、大きな穴を掘るんだよ。そして、そこに落とし穴で掘った土を入れればいいんだよ。大きな穴の土は山になっててもべつにかまわないだろ?」

「なるほど!」

ビックリするほどの名案というわけじゃなかったけれど、一応落とし穴の土をどうするかという問題は解決しそうだ。

「だけど、大きな穴を掘るのは大変そうだね」

「そうだね」

少し掘っただけで、土を掘るというのは結構大変だということがわかったから。

「まあ、でもやれるところまでやってみよう」僕が言うと、ケンジくんも「うん、そうしよう」と言って、二人はそれぞれ大きな穴を掘ることにしたんだ。

30センチくらい掘ったところで、僕のスコップは何かにぶつかった。

注意深く掘り進めると何やら白いものがたくさん出てきた。

それは野球のボールだった。

「なんで、こんなものが?」

スコップで土をどかすと、僕はボールをつかんで取り出した。

一つ、二つ、三つ、どんどん出てくる。ボールをどかすと、またその下にボールが出てくる。

そんなことを繰り返しているうちに、穴の周りはボールだらけになった。

「なんかボールがいっぱい出てきたよ!」

僕がケンジくんに話しかけると、「こっちもだよ」とケンジくんが答えた。

「誰が埋めたんだろうね、こんなにたくさんの野球のボール」と僕が言うと、「え、野球のボールなの?僕のほうはラグビーボールだよ」と言った。

ラグビーボール?」僕は生まれてから一度もラグビーボールに触ったことがない。

ただ、ラグビーボールが野球のボールよりも随分大きいことくらいは分かる。

「それは大変だね」僕が言うと「そうなんだよ、どうなってるのかなこれ」ケンジくんはハアハア言いながら答えた。

ラグビーボールが勝手に転がって行っちゃうから困るんだよ」ケンジくんはかなりてこずっているらしい。

「大丈夫?」僕はちょっと心配になった。

「うん、なんとかもう少しやってみるよ」

ケンジくんは粘り強い性格だ。

「オーケー」

僕はそう答えて、まだまだ出てくるボールを必死で取り出した。

しかし、なぜだか掘っても掘っても出てくるのはボールばかりだ。

ボールが入っていた分だけ穴は深くなっているけれど、もしこれがここだけじゃないとしたら。

僕は、そう考えるとちょっとゾッとしてしまったんだ。

「ねえケンジくん、こんなこと言うのはどうかと思ったんだけどさ、もしかしてこの空き地全体にボールが埋まってるなんてことはないよね?」

「まさか、そんなことは」

そう言ったケンジもたぶん同じことを考えていたようだ。

「ちょっと、集合しようか」

僕とケンジくんはまた最初にいた場所に集合した。

「随分出たねボールが」

「うん、そうだね」

僕とケンジくんがいた場所のまわりはボールだらけだった。

「あのさ、あれをまた穴に入れないといけないんだよね」

ケンジくんに言われて、ぼくはゲッソリした気持ちになった。

「ねえ、僕もう帰りたくなってきた」僕が言うと、ケンジくんも「僕も」と言った。

「だけど、あのままじゃマズいよね」

僕らはたくさんのボールを眺めた。

「ねえ、うちの納屋に行こう」僕はあのボールを土に埋めるのがどうしてもいやだった。

「どうするの?」とケンジくんが聞いてきたけれど「おたのしみ」とだけ答えて、僕らは納屋に向かった。

納屋の中は物だらけで、奥の方に行くのが一苦労だったけど、僕らは協力してなんとか目的のものにたどりついた。

それはおじいちゃんの使っていたリヤカーだ。

「これに乗せて運ぼう」僕が言うと、ケンジくんは「どこに?」と聞いてきた。

「それは、まだ考え中」

僕は、とにかく掘り出したボールを埋めるのが嫌だっただけで、実はそのあとのことはあまり考えていなかったんだ。

「ええー」と言うケンジくんはをなんとか説得して空き地までリヤカーを引いていった。

「やっとついた」

リヤカーを引くのも初めてだったらか、実はちょっと楽しかった。ケンジくんも同じ気持ちだったらしく、さっきより機嫌がいい。

「あれ?おかしいなボールが無くなってるよ」

「ほんとだ!」

僕らはキツネにつままれた気分だ。

「ねえ、さっき掘ったのはボールだったよね」僕が尋ねると「ボールにきまってるよ」とケンジくんは答えた。

だけど、今はそのボールは影も形もなくなっていて、ぽっかりと大きな穴だけが開いていた。

「だけどさ、これで落とし穴の土が入れられるんじゃない?」

ケンジくんは気持ちの切り替えが早い。

僕はまだ、目の前のことが信じられなくて頭が働かないというのに。

「じゃあ、落とし穴掘ろうか」

ケンジくんはやる気満々で走り出した。

僕はボールのことが気になって、正直もう落とし穴のことはどうでもよくなっていた。

「うん」

僕はのろのろと歩き始めた。

それから二人はそれぞれ落とし穴を作り、場所を入れ替わってよーいドンでどっちが先に落ちるかの勝負をして遊んだ。

結果は僕が先にケンジくんの掘った穴に落ちたから、ケンジくんの勝ちだった。

ケンジくんは大いに喜び、また今度もやろうと言ってきたけれど、僕は「気が向いたら」とだけ答えた。

だって、僕はあのボールのことが気になてしかたがないんだ。

そんな僕に比べて、ボールのことなどすっかり忘れて落とし穴を楽しんでいるケンジくんはなんだかすごいなと思ったんだ。 

ラーメン戦隊

「ねえ、ちょっと君」

「え、私ですか?」

会社から帰る途中、突然男性に声を掛けられ、私は驚いて振り向いた。

「やっと見つけたよ。いったいどういうつもり?」唐突に言われ、私は混乱した。

どう考えても、この男性とは初対面だ。

「あの、誰かと間違えてるんじゃありませんか」私は少しムッとしたけれど、できるだけ丁寧に答えた。

なにしろ、こういうおかしな言いがかりをつけるくらいの男性だから、機嫌を損ねないようにしなければならない。

「君、昨日の夜、ラーメン屋で僕の頭にラーメンぶちまけたよね?」

「ええ?そんなことするわけないでしょ。人違いです!」

私は、全く身に覚えのないことを言われ困惑した。

「まあ、ラーメンをぶっかけられたことはどうでもいいんですけどね」

「ええっ?なんでどうでもいいんですか」

自分はそんなこと絶対にしないけど、逆にそんなことをされたら、どうでもいいなんてとても言えない。

「そんなことより、本当にあなたじゃないんですね?」

「違いますよ。だいたい、昨日はラーメン食べてないですし」

「そうですか、おかしいなぁ、あなたにそっくりだったんですけどね」

「そう言われても、違うものは違うんです!」

「分かりました。突然すみませんでした」

「いいえ」

おかしな言いがかりをつけてきたくせに、えらく引き際がいい。

しかも、結構ひどい目にあっているというのに。

世の中にはおかしな人がいるもんだとしみじみ思いながら家路を急いだ。

「あの、ちょっといいですか?」

「え?」

次の日も、会社の帰り道で声を掛けられた。

昨日とは違う男性で、少し気が弱そうだ。

「やっぱりあなたですよね」

「なんのことです?」

私は昨日のことがあるせいで、少し食い気味に答えた。

「あの、ですから、ラーメン屋で・・・」

「またラーメン?」

二日続けて人違いされるなんてあるだろうか。

しかもまたラーメンだ。

「そうです、昨日の夜、ラーメン屋で僕の頭にラーメンをぶちまけましたよね」

「今度は頭!」

昨日は顔だった。

まあ、顔でも頭でもとんでもないことに変わりはないけど。

「やっぱりそうなんですか!」

「だから、違いますって。昨日はラーメン食べてませんから」

「そうですか、あなたにそっくりだったんですけどねぇ」

「そっくりでもなんでも、違うものは違うんです」

「わかりました、失礼しました」

「いいえ」

少し気の弱そうな男性もえらくあっさりと去って行った。

「どうなってるの、これ」

さすがに同じようなことが二日も続くと、自分の記憶を少しだけ疑ってしまう。

しかし、どう考えてもラーメン屋には行ってない。

かりに行ったとしても誰かにラーメンをぶちまけるなんてしたこともないし、考えたこともない。

私は頭をブルブルと振ると帰り道を急いだ。

そして、その翌日の帰り道、私はまた声を掛けられるのではないかとビクビクしながら歩いていた。

果たしてその予想は当たり、今また声を掛けられたのだった。

「ですから、昨日はラーメン屋には行ってませんって」

声を掛けてきたえらく背の高い男性に向かって私は声を荒げていた。

「そうですか?あなただと思ったんですがねぇ」

何度も繰り返されるこの会話に、私はうんざりしていた。

私にそっくりな人物は一体何がしたいんだろう。

「ちょっと待って」

さっさと立ち去ろうとする男性を私は引き留めた。

「あなたにラーメンをぶちまけた女性を見つけてどうするつもりなんです?」

そうだ、私はそれが知りたかった。

ぶちまけられたことについては問題にしていないようだから、訳が分からないのだ。

「ああ、そのことですか」

背の高い男性は何を今さらという感じで語りだした。

「僕らはラーメン戦隊なんですよ。だから僕らの敵であるラーメン撲滅委員会と戦う際は、いつもラーメンが飛び交うんですよ」

「はぁ・・・」

私はとんでもないことに巻き込まれようとしているのではないか。

そんな後悔が襲ってきたがもう遅い。

「普通の人間はラーメンを人に向かってぶちまけたりしないんですよ。だけど、昨日の女性は躊躇なく僕にラーメンをぶちまけてきたんです。それって、自分がラーメン撲滅委員会だって言ってるようなもんでしょ?」

いやいや、でしょって言われても、その前の話についていけないんですよ。

「私にはよくわかりませんけど」

「そうですか?とにかくラーメン撲滅委員会があなたに化けて密かに活動していることは確かなんですよ」

「どうして私なんですか?」 

会ったこともないラーメン撲滅委員会というものが、どうして私の存在を認識しているのか、考えたくもないけれど、分からないままというのも同じくらい怖い。

「さあ、それは僕らにも分かりません。たまたまあなたというだけで、特に理由はないと思いますがね」

それが一番困るのだ。それじゃあ対処のしようがない。

「じゃあ、私も一緒にラーメン屋に行きます」

「あ、そうですか?じゃあ、これからラーメン屋に行くんで、一緒に行きましょう」

背の高い男性はまったく拒むことなく私の提案を受け入れた。

「あの、私が一緒で邪魔になったりしないんですか」

「いえ、問題ありません。なにしろ僕らはラーメン戦隊ですから」

そもそも、ラーメン戦隊というのが分からないが、ついて行けばそれも分かるだろう。

「ここにしましょう」

背の高い男性はえらく簡単に店を選んだ。

男性と二人で入店し、ラーメンを注文した。

運ばれてきたラーメンを食べ始めて少ししたころ、一人の女性が入って来て私の横に座った。

もちろんその女性のことは気になるけれど、じろじろ見るわけにもいかず、私はラーメンを食べながらチラッとその女性のことを見た。

私に似ているような気はするけれど、正面からしっかり見ないとやっぱり分からない。

背の高い男性は何事もなかったように普通にラーメンをすすっている。

隣の女性のところに注文したラーメンが運ばれてきた。私は無意識に体に力が入った。

女性は割り箸をパチンと割ると、ズルズルと麺をすすり始めた。

普通に食べるのだろうか。それとも・・・。 

私は気が気じゃなかったけれど、ラーメンというものはひっきりなしにすすっていなければ不自然な食べ物だ。

私は箸を持ちなおし、麺を口に入れた。

次の瞬間、女性は立ち上がったと思うとどんぶりをひっつかみ、一杯を男性に向かってぶちまけた。

「やっぱりお前だな!」

背の高い男性が女性につかみかかった。

私は、ようやくその女性の顔をはっきり見ることができた。

しかしその女性は私に似ても似つかない顔だ。

いったいどうなっているんだろう。

だけど、その時私は気が付いた。

私と背の高い男性以外の客はその女性と同じ顔をしているのだ。

どういうこと?

私は、もう何が何だか分からなくて、目の前でもみくちゃになっている二人をただただ眺めていた。

「お客さん、困りますよ」

店主が仲裁に入った。

すると、私たち以外の客がよってたかって背の高い男性に向かってきたのだ。

これは、ラーメン撲滅委員会に違いない。

私は咄嗟に応戦していた。

カウンターに置いてあるどんぶりを、次から次へと彼らに向かってぶちまけたのだ。

「うわっ!」

ラーメンをあびた客はシュワシュワと煙になって消えてしまった。

「なにこれ、安い映画みたい」

私はそんなことを言いながらも、どんどんラーメンをぶちまけた。

そして、背の高い男性と組みあっている女性にも一発お見舞いした。

すると、女性はまたたくまに消えて無くなったのだ。

「やっぱりあなただったんですね」

背の高い男性は立ち上がると言った。

「だから、なにがです?」

「あなたはラーメン戦隊の救世主、ラーメンの女神ですよ」

そのあとのことはよく覚えていない。

だけどその日以来、私は毎日ラーメンを食べなければ落ち着かない体になってしまった。

今日の夕食も、もちろんラーメンだ。

もうおかしな男性に声を掛けられることはない。

だから、あの日の出来事が果たして本当だったのか、それは今でも分からないままだ。

分かれ道を回り道

学校帰りに毎日通る道が、ある日突然分かれ道になった。

今朝までは確かに一本道だったのに。

僕はどっちの道を選べばいいのか分からない。

片方は道端に小さな花が咲いていてとても素敵な雰囲気だ。

もう片方は草ボーボーであまりいい気分にはなりそうもない。

だけど、問題は気分がいいとかそういうことじゃなくて、家にたどり着けるかどうかなんだ。

知らない道を歩くのはとても勇気がいる。

だって、その先がどこに通じているのか分からないんだから。

だけど、いつまでもそこに立っているわけにはいかない。

僕はもし間違えたのならまたここに戻ってくるだけだ。

そう考えて、花が咲いている方の道を選んで歩き始めたんだ。

少し歩くと、なんのことはない、すぐに知っている道に繋がっていたから、僕は難なく家に帰ることができたんだ。

おかしなことがあるもんだなぁ。

僕はそう思ったけれど、とにかく家に辿り着けたのだからとあまり難しく考えたりはしなかったんだ。

ところが、次の日もまた同じ場所で道が別れていた。

しかも今度は三つだ。

一つは花が咲いていて、もう一つは草ボーボーで、もう一つはお地蔵さんがいっぱい。

僕は昨日よりも随分悩んだ。

昨日は花が咲いている道を選んで家に帰ることができたけれど、果たして今日もそうだろうか。

だけど、まだ通ったことがない道よりも一度通ったことがある道の方が安心で、つい花の道を選びたくなる。

だけど、花の道が昨日と同じように家に帰る道に繋がっているなんて保証はない。 

僕は思い切ってお地蔵さんの道を選んだ。

昨日の花の道よりも長い時間歩いた。

道の両端にお地蔵さんがずっといるのだから、少し気味が悪かったけれど僕は頑張って歩いたんだ。

すると、なぜだかまた分かれ道になって、今度は花の道とサボテンの道が現れたんだ。

そこで僕は、これは花の道を選べと、そういう意味なんじゃないかと思ったんだ。

そういってももちろん何の保証もないのだけれど。

とにかく僕は花の道にかけてみた。

そして歩みを進めると、すぐに知っている道に繋がっていたんだ。

なんだ、やっぱりそうだったんだ。

なんて、安心したかといえば答えはNOだ。

だって、どこにも答えはないのだから。

一か八かなのだ。

そしてそのまた次の日も、同じ場所で道が分かれていた。

しかも今度は四つだ。

いつものように花の道と草の道、そして石垣の道とこけしの道だった。

昨日までの経験から、花の道を選ぶべきか随分悩んだ。

だけど、僕はどうにも石垣の道を歩いてみたくなって、その道を選んだんだ。

あまり広くない道の両側に僕の背丈くらいの高さの石垣がずっと並んでいる。

それはまるで南国の田舎に迷い込んだような感覚だった。

といっても、浮かれているわけにはいかない。

僕の目的は家に帰ることなのだから。

しばらく歩くと、また分かれ道になった。

今度は花の道とこけしの道だった。

昨日はここで花の道を選んで、その結果家に帰ることができた。

だけど、僕はあえてこけしの道を通ることにした。

もし家にたどりつけなかったなら、またここに帰ってくればいいのだから。

それに、実はせっかくだったらこけしの道を歩いてみたいという欲望が僕の中に湧いてきていた。

最初はビクビクしていた僕だけど、いまでは次はどんな道が現れるんだろうなんて期待していることに驚いた。

こけしは色んな種類があって、僕は左右をキョロキョロしながら歩いた。

こんな風にこけしを眺めるのは初めてで、僕は帰り道を歩いていることも一瞬忘れてしまったくらいだ。

だけど、そんな道も長くは続かず、しばらく行くと知っている道に戻ったのだった。

「もうおしまいか」

僕はそんなことを言ってしまうくらい、このおかしな道を楽しんでいた。

そして次の日もまた道は分かれていた。

 

今度は、花の道、草の道、トウモロコシの道、ちょうちんの道、かかしの道の五つだ。

僕はどの道にしようかなと、まるでメニューを選ぶようにワクワクしていたんだ。

だけど、そんな僕の目の前でとんでもないことが起きた。

ヒューッという音とともに大きな岩が空から落ちてきて、五つに分かれた道にドシン!ドシン!ドシン!と次々に落ちたのだった。

「ええっ、これじゃあ通れないよ!」

すべての道がふさがれてしまっては家に帰ることができない。

しかし、それだけでは終わらなかった。

大きな岩はゆっくりと動き出し、どんどん奥に向かって転がると、ついには風景をビリビリと突き破ったのだ。

僕が見ていた道の風景は消え去って、そこにいつもの帰り道が現れたんだ。

「ええーっ!」

僕は何が起こったのか全く分からなかったけれど、分かれ道がなくなってしまったことだけは確かだった。

いつの間にか分かれ道は僕にとってものすごく大事なものになっていた。

だから、分かれ道がもう現れないというのなら、僕は自分からいろんな道を探しに行くことにしたんだ。

今日も僕は新しい道を探して知らない街に来ています。

素敵な趣味を与えてくれた分かれ道に、僕はとても感謝しているんだ。

見えてますよ!

僕は、その人が今なにを食べたいのか分かってしまう。

どうしてなのかは分からない。気づいたらそうなっていたんだ。

小さい頃、夕ご飯がカレーの日があった。

父さんは唐揚げが食べたいと思っているのに、なぜか「ちょうどカレーが食べたかったんだ」と言った。

僕が「父さんは唐揚げが食べたいんじゃないの?」と言ったら、父さんは目を白黒させて「な、何言ってるんだ、そんなわけないじゃないか」と言ってガツガツ唐揚げを食べた。

またある時、母さんの友達がうちに遊びにやって来た。

母さんは「これ近くの洋菓子店で人気なの」と言ってケーキを出した。

その友達は大福が食べたいと思っているのに、「うわぁ、うれしい。私、ケーキ大好きなの」と言った。

僕が「おばさん、大福がたべたいんじゃないの」と言うと、友達は汗をたらたら流しながら「まさか、そんなわけないでしょ」と言って、思い切りケーキをほおばった。

その人が食べたいものが頭の上の辺りに浮かんでいることもあれば、胸やお腹の辺りに見えることもある。

小さい頃は、そんな風に見えたままを言ってしまったから、いつも変な感じになっていた。

そのおかしな能力は大人になった今でも変わらない。

だけど、もう小さい頃の様にそのまま口に出してその場の空気をおかしくしてしまうことはない。

「岸君、お昼一緒にいかないか」

先輩の林さんに声を掛けられたので、僕は「はい」と答えた。

「ああ、小早川君もどうだ」

林さんは、新人の小早川君にも声を掛けた。

「あ、はい。行きます」

小早川君はもじもじと答えた。

「俺、そばが食いたいんだけど、いいかな?」と林さんが言った。

僕はナポリタンが食べたい気分だったけど、ナポリタンは夕食にすることにして、「いいですよ」と答えた。

「はい、大丈夫です」と答えた小早川君の頭の上にはジュージューと油を飛ばしているハンバーグが見えた。

僕は、心の中で「あぁ・・・」と呟いた。こんな風に見えなければ、おいしくそばが食べられるのに。

自分のことはどうにでもなる。

だけど、自分以外の身近な人が我慢しているのを見るのはとてもつらい。

大人になったからといって、それは変わらないのだ。

仕事が終わり帰ろうとすると、友人の天野からメッセージが届いた。

「今日、久しぶりにサークル仲間で集まるから来ないか」という誘いだった。

うーん、僕は一瞬迷った。

みんなには会いたい。

だけど、会えば必ず彼らの食べたいものが見えてしまう。

「行くから場所教えて」と僕は返信した。

プライベートくらいは余計な気を使わずに楽しみたいけど、このおかしな能力とは一生付き合っていかなければならないのだから、あきらめるしかない。

「おお、久しぶり」30分後、僕はある居酒屋にいた。

「とりあえず、ビール人数分と、枝豆、もろきゅう、たこわさ、あと牛すじの煮込みと焼き鳥の盛り合わせ3つずつ」仕切り屋の天野がテキパキと注文した。

その間、僕はみんなの頭の上や胸の辺りにぽわっと浮かび上がる食べたいものを見ていた。

沢山注文したから、その中に食べたいものがヒットする場合ももちろんある。

そんな時は、自分のことじゃないのにホッとする。

ビールが来たので乾杯して飲み会が始まった。

みんなのお腹の中にさっきの料理が収まっていく。

すると徐々に、次に食べたいものが浮かび始める。

天野がメニューを見ながら次の料理を注文しようとしていた。

僕はとっさに天野からメニューを奪い取った。

「な、なんだよ、岸」天野は驚いた顔で僕のことを見た。

「注文お願いします!軟骨の唐揚げ、あじフライ、チーズ盛り合わせ、チリコンカン」

僕は天野にかまわず注文した。

すると、みんなはとても驚いて僕を見たんだ。

だけど、みんな「どうして分かったんだ」とは言わなかった。

きっと、僕の注文と自分が食べたいものがたまたま一緒だっただけだろうと思ったんだろう。

だけど、それからは天野が注文しようとするたびに僕がメニューを奪って注文を入れてやったんだ。

みんなは自分が食べたいものを食べられるから、とても喜んだ。

僕はそれが嬉しかったんだ。

それ以来、僕はこのおかしな能力を進んで使うことに決めた。

そして、僕は今、脱サラをしてレストランのオーナーをしている。

評判は上々だ。なにしろ、僕はみんなの食べたいものが見えちゃうんだから。

女王様の宝石

女王様は宝石が大好き。

世界中から素敵な宝石を探しては集めている。

だから、お城には毎日たくさんの宝石商人がやってくる。

今日も夜明け前から門の前には長い列ができている。

商人たちはお城にいる鑑定人のチェックを受けて合格するとお城の中に入る事が許される。

鑑定人はとても厳しいから、お城に入れるのは10人に1人くらいだ。

それでも、王女様に買ってもらえることは名誉なことだから、彼らはあきらめずに何度もやってくる。

今日は約50人の商人が女王様に会うことを許された。

彼らは女王様の部屋に通される前に身だしなみを整える。

女王様はただ指輪が好きなだけじゃなくて、とても美しいことで評判だ。

普段はこんな近くで女王様に会うことはできないから、これは商売でもあるけれどとても貴重な体験なのだ。

「では、最初の者、入りなさい」

女王様が待つ部屋の前でピンとした髭を生やした男が言った。

「はいっ!」

1番に並んでいた男は背筋を伸ばすと扉を開けて中に入った。

扉が閉まったとたん、ギャーッという声が聞こえたっきり中からは何の音もしない。

「あの、何かあったんじゃないですか?」

2番目に並んでいた男が髭の男にきいたけれど、何も答えない。

2番目の男はもう一度同じことを尋ねようと思ったけれど、「次の者、入りなさい」と言われてしまったので、しかたなく扉を開けて中に入った。

すると、1番の男の時と同じ様に中からギャーッという声が聞こえて静かになってしまった。

3番目の男はこれはただごとじゃないと、「中でなにが起こってるんですか!」と髭の男に強い口調で言ったけれど、やっぱり何も答えない。

そして、「次の者、入りなさい」と髭の男は言った。

3番目の男はあきらめずに、「だから、中はどうなってるんです?」と尋ねた。

すると髭の男は、「そんなに気になるんなら、自分で確かめればいい」と言って扉を開けた。

「わかったよ」3番目の男は髭の男をキッと睨むと部屋の中に入っていった。

だが、やっぱり中からは3番目の男の悲鳴が聞こえ、そのあとは静かになった。

次の男も、その次の男も同じことの繰り返しだった。

ついに、並んでいた男たちは逃げ出した。

しかし、最後に並んでいた男だけはその場に残っていた。

「お前は帰らないのか」と髭の男が尋ねると、最後の男は「ええ、せっかく女王様に会えるんですから」と言って笑った。

「では、入れ」

髭の男に言われ、最後の男は女王様の待つ部屋に入った。

扉を開けると中は真っ暗だった。

2,3歩歩いたところで急に床がなくなった。

次の瞬間、最後の男は滑り台の様なものの上を滑り落ち、なにやら石ころのようなものがたくさん敷き詰められている中に体がすっぽり入って止まった。

「なんだこれは」

そこはもう真っ暗ではなく、上の方にある大きなガラス窓から明るい光が差し込んでいた。

最後の男はその石ころを両手で拾い上げて驚いた。

なんと、男が落ちた場所にあったのは、とんでもない数の宝石だったのだ。

「さあ、あなたが持ってきた宝石はどれ?」

上の方から女性の声が聞こえた。男がその声の方に目をやると、そこには豪華な椅子に座った女王様の姿があった。

男のいる場所は地下のようで、女王様のいる部屋からは一段下にある。

「ど、どういうことです?」

最後の男が持っていた宝石は、このたくさんの宝石と一緒になってしまって、ちょっとやそっとじゃ見つかりそうにない。

「あなたが持ってきた宝石が世界に一つだけの貴重なものなら、この中から見つけることができるはず。どこにでもあるようなものなら見つからないし、私はそんなものは欲しくないわ」

そう言うと女王様は扇子を広げてはらはらと扇いだ。

「はい、わたくしがお持ちしたものは世界に二つとないとても貴重なものです。必ずや女王様のお眼鏡にかなうと存じます」

最後の男はそう言うと、宝石の山をかき分けて持ってきた宝石を探し始めた。

どうやらこれまでにこの部屋に落ちた商人たちは自分の宝石を見つけることができなかったらしい。

そして、彼らの置いていった宝石がこうしてここに残り山の様に積みあがっているのだろう。

「見つかるはずないわ」

「そうですとも」

侍女たちがコソコソとささやきあっている。

無理もない。

商人たちは毎日やってくるけれど、この部屋で自分が持ってきた宝石を見つけることができるのは、一年に一人いればいいくらい少ないのだから。

「ありました!」

「えっ!」

女王様は思わず立ち上がった。

「こちらに持ってくるのだ」

女王様のそばに控えていた上級鑑定士が言うとはしごが下ろされた。

最後の男ははしごを上り鑑定士にその宝石を見せた。

「これは、幻の宝石と呼ばれるマスグラバイトではないか!しかもこの大きさ。女王様、これは素晴らしいお品です」

「まあ、ほんとう?」

女王様は目を輝かせた。

「さあ、こっちへ来て。私にその美しい宝石を見せてちょうだいな」

鑑定士は女王様にその石をうやうやしく差し出した。

「まあこれは、青に紫が差し込んだ美しい石」

「お気に召しましたでしょうか」

最後の男が尋ねた。

「ええ、とても気に入ったわ。あなたには褒美としてこれを与えます」

女王が言うと、鑑定士は最後の男を宝石の山に突き落とした。

「な、なにをするんです!」

最後まで言い終わらないうちに、男は城の外に放り出されていた。なんと先程の部屋の壁がせり上がり、男と宝石は滑り台の上を転げ落ちたのだった。

「それを使うといい」

鑑定士の声が聞こえた。

外には大きな荷車が用意されていた。

男は来た時の何百倍もの値段の宝石を持って帰った。

「それにしても、おかしな女王様だったな」

男がそうつぶやいたのも無理はない。

女王様は宝石も大好きだが、なにより好きなのはいたずらだったのだから。