落とし穴を掘るのだ!
僕はある日の放課後、友達のケンジくんと落とし穴を掘ることにした。
母さんにバレるときっとやめなさいと言われるから、僕は納屋からこっそりおじいちゃんの大きなスコップを持ち出したんだ。
ケンジくんのうちには大きなスコップがないから、僕は重いスコップを2本肩にかついだ。鉄でできたスコップはとても重かったけれど、落とし穴を掘るためならへっちゃらだ。
僕が通っていた幼稚園の裏手に広い空き地がある。
その幼稚園は今は使われていないから、普段は誰もいない。
僕が空き地で待っているとケンジくんが息を切らしてやってきた。
「お待たせー!早く落とし穴掘ろうよ」
「うん、わかってるって」
僕らは落とし穴を掘る場所を決めるため、空き地を歩き回った。
ケンジくんにもスコップを渡し、地面をザクザクやって掘りやすい場所を探した。
すると広場の半分くらいは柔らかい土であることが分かった。
僕はスコップをズルズル引きずって線を引いた。
「こっから向こうに作ろう」
「うん分かった」
「あとね、堀り終わって蓋をしたら、ちゃんと目印をしないといけないよ」
「分かってるって」
僕らが決めたルールは、自分が掘った落とし穴に、相手を落とすというものだ。
自分が落ちてしまったら台無しだから、自分にだけ分かる目印を持ってきている。
何にしようか迷ったけれど、僕は折り紙を小さくちぎったものにした。
ケンジくんが何を目印にしたのか僕はもちろん知らない。
僕とケンジくんは背中合わせに歩き始めた。
そして堀り終わるまでは決して振り返ってはいけない。
僕とケンジくんは適当な場所を見つけるとさっそく掘り始めた。
僕はスコップで大体の大きさの輪を書いてその内側を掘った。
10センチくらいの深さまで掘ったところで僕はあることに気が付いた。
掘った分の土が山になっているのだ。
これではここに穴がありますよと言っているようなものだ。
「ケンジくん、ちょっといいかな」
僕は大声で言った。
「なに?」
手遅れになる前にどうしても話さなければいけない。
「掘った時に出る土なんだけどさ、これどうにかしないとマズいよね」
「あー、ほんとだ、どうしようこれ」
僕らの動きは完全にストップした。
「考えてなかったね」
「そうだね」
「一旦集合しない?」
「そうしよう」
僕らはどうするか話し合うため、最初にいた場所まで走った。
「ねえ、僕いいこと思いついたよ」
ケンジくんが言った。
「え、ほんと?」
僕は何も思い浮かばなくて、このままあきらめて帰るしかないと思っていたのに、ケンジくんはすごい。
「最初にね、大きな穴を掘るんだよ。そして、そこに落とし穴で掘った土を入れればいいんだよ。大きな穴の土は山になっててもべつにかまわないだろ?」
「なるほど!」
ビックリするほどの名案というわけじゃなかったけれど、一応落とし穴の土をどうするかという問題は解決しそうだ。
「だけど、大きな穴を掘るのは大変そうだね」
「そうだね」
少し掘っただけで、土を掘るというのは結構大変だということがわかったから。
「まあ、でもやれるところまでやってみよう」僕が言うと、ケンジくんも「うん、そうしよう」と言って、二人はそれぞれ大きな穴を掘ることにしたんだ。
30センチくらい掘ったところで、僕のスコップは何かにぶつかった。
注意深く掘り進めると何やら白いものがたくさん出てきた。
それは野球のボールだった。
「なんで、こんなものが?」
スコップで土をどかすと、僕はボールをつかんで取り出した。
一つ、二つ、三つ、どんどん出てくる。ボールをどかすと、またその下にボールが出てくる。
そんなことを繰り返しているうちに、穴の周りはボールだらけになった。
「なんかボールがいっぱい出てきたよ!」
僕がケンジくんに話しかけると、「こっちもだよ」とケンジくんが答えた。
「誰が埋めたんだろうね、こんなにたくさんの野球のボール」と僕が言うと、「え、野球のボールなの?僕のほうはラグビーボールだよ」と言った。
「ラグビーボール?」僕は生まれてから一度もラグビーボールに触ったことがない。
ただ、ラグビーボールが野球のボールよりも随分大きいことくらいは分かる。
「それは大変だね」僕が言うと「そうなんだよ、どうなってるのかなこれ」ケンジくんはハアハア言いながら答えた。
「ラグビーボールが勝手に転がって行っちゃうから困るんだよ」ケンジくんはかなりてこずっているらしい。
「大丈夫?」僕はちょっと心配になった。
「うん、なんとかもう少しやってみるよ」
ケンジくんは粘り強い性格だ。
「オーケー」
僕はそう答えて、まだまだ出てくるボールを必死で取り出した。
しかし、なぜだか掘っても掘っても出てくるのはボールばかりだ。
ボールが入っていた分だけ穴は深くなっているけれど、もしこれがここだけじゃないとしたら。
僕は、そう考えるとちょっとゾッとしてしまったんだ。
「ねえケンジくん、こんなこと言うのはどうかと思ったんだけどさ、もしかしてこの空き地全体にボールが埋まってるなんてことはないよね?」
「まさか、そんなことは」
そう言ったケンジもたぶん同じことを考えていたようだ。
「ちょっと、集合しようか」
僕とケンジくんはまた最初にいた場所に集合した。
「随分出たねボールが」
「うん、そうだね」
僕とケンジくんがいた場所のまわりはボールだらけだった。
「あのさ、あれをまた穴に入れないといけないんだよね」
ケンジくんに言われて、ぼくはゲッソリした気持ちになった。
「ねえ、僕もう帰りたくなってきた」僕が言うと、ケンジくんも「僕も」と言った。
「だけど、あのままじゃマズいよね」
僕らはたくさんのボールを眺めた。
「ねえ、うちの納屋に行こう」僕はあのボールを土に埋めるのがどうしてもいやだった。
「どうするの?」とケンジくんが聞いてきたけれど「おたのしみ」とだけ答えて、僕らは納屋に向かった。
納屋の中は物だらけで、奥の方に行くのが一苦労だったけど、僕らは協力してなんとか目的のものにたどりついた。
それはおじいちゃんの使っていたリヤカーだ。
「これに乗せて運ぼう」僕が言うと、ケンジくんは「どこに?」と聞いてきた。
「それは、まだ考え中」
僕は、とにかく掘り出したボールを埋めるのが嫌だっただけで、実はそのあとのことはあまり考えていなかったんだ。
「ええー」と言うケンジくんはをなんとか説得して空き地までリヤカーを引いていった。
「やっとついた」
リヤカーを引くのも初めてだったらか、実はちょっと楽しかった。ケンジくんも同じ気持ちだったらしく、さっきより機嫌がいい。
「あれ?おかしいなボールが無くなってるよ」
「ほんとだ!」
僕らはキツネにつままれた気分だ。
「ねえ、さっき掘ったのはボールだったよね」僕が尋ねると「ボールにきまってるよ」とケンジくんは答えた。
だけど、今はそのボールは影も形もなくなっていて、ぽっかりと大きな穴だけが開いていた。
「だけどさ、これで落とし穴の土が入れられるんじゃない?」
ケンジくんは気持ちの切り替えが早い。
僕はまだ、目の前のことが信じられなくて頭が働かないというのに。
「じゃあ、落とし穴掘ろうか」
ケンジくんはやる気満々で走り出した。
僕はボールのことが気になって、正直もう落とし穴のことはどうでもよくなっていた。
「うん」
僕はのろのろと歩き始めた。
それから二人はそれぞれ落とし穴を作り、場所を入れ替わってよーいドンでどっちが先に落ちるかの勝負をして遊んだ。
結果は僕が先にケンジくんの掘った穴に落ちたから、ケンジくんの勝ちだった。
ケンジくんは大いに喜び、また今度もやろうと言ってきたけれど、僕は「気が向いたら」とだけ答えた。
だって、僕はあのボールのことが気になてしかたがないんだ。
そんな僕に比べて、ボールのことなどすっかり忘れて落とし穴を楽しんでいるケンジくんはなんだかすごいなと思ったんだ。