ラーメン戦隊
「ねえ、ちょっと君」
「え、私ですか?」
会社から帰る途中、突然男性に声を掛けられ、私は驚いて振り向いた。
「やっと見つけたよ。いったいどういうつもり?」唐突に言われ、私は混乱した。
どう考えても、この男性とは初対面だ。
「あの、誰かと間違えてるんじゃありませんか」私は少しムッとしたけれど、できるだけ丁寧に答えた。
なにしろ、こういうおかしな言いがかりをつけるくらいの男性だから、機嫌を損ねないようにしなければならない。
「君、昨日の夜、ラーメン屋で僕の頭にラーメンぶちまけたよね?」
「ええ?そんなことするわけないでしょ。人違いです!」
私は、全く身に覚えのないことを言われ困惑した。
「まあ、ラーメンをぶっかけられたことはどうでもいいんですけどね」
「ええっ?なんでどうでもいいんですか」
自分はそんなこと絶対にしないけど、逆にそんなことをされたら、どうでもいいなんてとても言えない。
「そんなことより、本当にあなたじゃないんですね?」
「違いますよ。だいたい、昨日はラーメン食べてないですし」
「そうですか、おかしいなぁ、あなたにそっくりだったんですけどね」
「そう言われても、違うものは違うんです!」
「分かりました。突然すみませんでした」
「いいえ」
おかしな言いがかりをつけてきたくせに、えらく引き際がいい。
しかも、結構ひどい目にあっているというのに。
世の中にはおかしな人がいるもんだとしみじみ思いながら家路を急いだ。
「あの、ちょっといいですか?」
「え?」
次の日も、会社の帰り道で声を掛けられた。
昨日とは違う男性で、少し気が弱そうだ。
「やっぱりあなたですよね」
「なんのことです?」
私は昨日のことがあるせいで、少し食い気味に答えた。
「あの、ですから、ラーメン屋で・・・」
「またラーメン?」
二日続けて人違いされるなんてあるだろうか。
しかもまたラーメンだ。
「そうです、昨日の夜、ラーメン屋で僕の頭にラーメンをぶちまけましたよね」
「今度は頭!」
昨日は顔だった。
まあ、顔でも頭でもとんでもないことに変わりはないけど。
「やっぱりそうなんですか!」
「だから、違いますって。昨日はラーメン食べてませんから」
「そうですか、あなたにそっくりだったんですけどねぇ」
「そっくりでもなんでも、違うものは違うんです」
「わかりました、失礼しました」
「いいえ」
少し気の弱そうな男性もえらくあっさりと去って行った。
「どうなってるの、これ」
さすがに同じようなことが二日も続くと、自分の記憶を少しだけ疑ってしまう。
しかし、どう考えてもラーメン屋には行ってない。
かりに行ったとしても誰かにラーメンをぶちまけるなんてしたこともないし、考えたこともない。
私は頭をブルブルと振ると帰り道を急いだ。
そして、その翌日の帰り道、私はまた声を掛けられるのではないかとビクビクしながら歩いていた。
果たしてその予想は当たり、今また声を掛けられたのだった。
「ですから、昨日はラーメン屋には行ってませんって」
声を掛けてきたえらく背の高い男性に向かって私は声を荒げていた。
「そうですか?あなただと思ったんですがねぇ」
何度も繰り返されるこの会話に、私はうんざりしていた。
私にそっくりな人物は一体何がしたいんだろう。
「ちょっと待って」
さっさと立ち去ろうとする男性を私は引き留めた。
「あなたにラーメンをぶちまけた女性を見つけてどうするつもりなんです?」
そうだ、私はそれが知りたかった。
ぶちまけられたことについては問題にしていないようだから、訳が分からないのだ。
「ああ、そのことですか」
背の高い男性は何を今さらという感じで語りだした。
「僕らはラーメン戦隊なんですよ。だから僕らの敵であるラーメン撲滅委員会と戦う際は、いつもラーメンが飛び交うんですよ」
「はぁ・・・」
私はとんでもないことに巻き込まれようとしているのではないか。
そんな後悔が襲ってきたがもう遅い。
「普通の人間はラーメンを人に向かってぶちまけたりしないんですよ。だけど、昨日の女性は躊躇なく僕にラーメンをぶちまけてきたんです。それって、自分がラーメン撲滅委員会だって言ってるようなもんでしょ?」
いやいや、でしょって言われても、その前の話についていけないんですよ。
「私にはよくわかりませんけど」
「そうですか?とにかくラーメン撲滅委員会があなたに化けて密かに活動していることは確かなんですよ」
「どうして私なんですか?」
会ったこともないラーメン撲滅委員会というものが、どうして私の存在を認識しているのか、考えたくもないけれど、分からないままというのも同じくらい怖い。
「さあ、それは僕らにも分かりません。たまたまあなたというだけで、特に理由はないと思いますがね」
それが一番困るのだ。それじゃあ対処のしようがない。
「じゃあ、私も一緒にラーメン屋に行きます」
「あ、そうですか?じゃあ、これからラーメン屋に行くんで、一緒に行きましょう」
背の高い男性はまったく拒むことなく私の提案を受け入れた。
「あの、私が一緒で邪魔になったりしないんですか」
「いえ、問題ありません。なにしろ僕らはラーメン戦隊ですから」
そもそも、ラーメン戦隊というのが分からないが、ついて行けばそれも分かるだろう。
「ここにしましょう」
背の高い男性はえらく簡単に店を選んだ。
男性と二人で入店し、ラーメンを注文した。
運ばれてきたラーメンを食べ始めて少ししたころ、一人の女性が入って来て私の横に座った。
もちろんその女性のことは気になるけれど、じろじろ見るわけにもいかず、私はラーメンを食べながらチラッとその女性のことを見た。
私に似ているような気はするけれど、正面からしっかり見ないとやっぱり分からない。
背の高い男性は何事もなかったように普通にラーメンをすすっている。
隣の女性のところに注文したラーメンが運ばれてきた。私は無意識に体に力が入った。
女性は割り箸をパチンと割ると、ズルズルと麺をすすり始めた。
普通に食べるのだろうか。それとも・・・。
私は気が気じゃなかったけれど、ラーメンというものはひっきりなしにすすっていなければ不自然な食べ物だ。
私は箸を持ちなおし、麺を口に入れた。
次の瞬間、女性は立ち上がったと思うとどんぶりをひっつかみ、一杯を男性に向かってぶちまけた。
「やっぱりお前だな!」
背の高い男性が女性につかみかかった。
私は、ようやくその女性の顔をはっきり見ることができた。
しかしその女性は私に似ても似つかない顔だ。
いったいどうなっているんだろう。
だけど、その時私は気が付いた。
私と背の高い男性以外の客はその女性と同じ顔をしているのだ。
どういうこと?
私は、もう何が何だか分からなくて、目の前でもみくちゃになっている二人をただただ眺めていた。
「お客さん、困りますよ」
店主が仲裁に入った。
すると、私たち以外の客がよってたかって背の高い男性に向かってきたのだ。
これは、ラーメン撲滅委員会に違いない。
私は咄嗟に応戦していた。
カウンターに置いてあるどんぶりを、次から次へと彼らに向かってぶちまけたのだ。
「うわっ!」
ラーメンをあびた客はシュワシュワと煙になって消えてしまった。
「なにこれ、安い映画みたい」
私はそんなことを言いながらも、どんどんラーメンをぶちまけた。
そして、背の高い男性と組みあっている女性にも一発お見舞いした。
すると、女性はまたたくまに消えて無くなったのだ。
「やっぱりあなただったんですね」
背の高い男性は立ち上がると言った。
「だから、なにがです?」
「あなたはラーメン戦隊の救世主、ラーメンの女神ですよ」
そのあとのことはよく覚えていない。
だけどその日以来、私は毎日ラーメンを食べなければ落ち着かない体になってしまった。
今日の夕食も、もちろんラーメンだ。
もうおかしな男性に声を掛けられることはない。
だから、あの日の出来事が果たして本当だったのか、それは今でも分からないままだ。