おはなしの森

短編・ショートショート・童話など、大人から子供向けまで、気ままに綴りたいと思います。

メロンクリームソーダの滝

この国のどこかに、メロンクリームソーダの滝があるという言い伝えがある。

多くの人がその滝を探すことにチャレンジしたけれど、いまだに誰も成功していない。

だから、最近ではそんな言い伝え自体が忘れ去られようとしていた。

だけど僕は諦めていない。探すだけならタダだし、もし見つかったとしたら得しかないわけだから。

そうは言っても、何か手がかりがあるわけじゃない。

ただ、見つけたいという強い思いがあるだけだ。

だけどある日、僕宛にある荷物が届いた。

それは茶色い封筒で、中に何やら小さな箱の様なものが入っていた。

送り主は書いてないし、小学生の僕には心当たりもない。

封筒を振ってみるとカラカラと音がした。

決して重くはない。

何が入っているのか誰が送ってきたのかも分からないけれど、開けないという選択肢は僕になかった。

封筒をビリビリとやぶると中には木で出来た小箱が入っていた。

手紙は入っていない。

僕は小箱を開けようと、そっと手の上にのせた。

さすがにちょっと緊張する。

留め金をはずしてふたを開けると、中にはペンダントが入っていた。

何の石かは分からないけど、綺麗な緑色の石がついている。

僕はまだ小学生だから、ペンダントなんて持ってないし身につけたこともない。

だけど、せっかくだから首にかけてみることにした。

母さんが使っている三面鏡の前に立ち、首の後ろに手をまわしてみたけれど、なかなかうまくいかない。

汗だくになってどうにか輪っかの金具をはめることができた。

すると、僕の体は勝手に動き始めたのだ。

「ちょ、ちょっと、どうなってるのこれ?」

今は父さんも母さんも仕事で、家には僕しかいない。

「助けてー」と叫んでも誰も助けてはくれない。

僕はどんどん引っ張られて、どうやら家を出なければいけないようだ。

「ちょっと、靴をはかないと歩けないからね!」僕は誰に向かって話しているのかわからないけれど、とにかく訴えてみた。

すると、ピタッと僕を引っ張る力は止まった。

だけど、僕が靴を履くとその力はすぐに復活し、僕はついに家から飛び出した。

そのあとは、ものすごいスピードだった。

僕は自分の足で走っているはずなのに、もはや引きずられているというしかない状態だった。

だけど、走った距離の分だけ僕の体は疲れるわけで、途中から僕の記憶は途切れ途切れになったのだ。

そして、ふらふらになるまで走って、ようやくそのスピードがゆるやかになった頃、僕は周りの風景が随分違ったものになっていることに気づいた。

周りはうっそうと木が茂り、まるでジャングルのようだ。

だけど、そこはとても甘い匂いで満ちていた。

どこに向かっているのかまったく分からないが、引っ張られている行く手からはドーッという爆音が聞こえてくる。

「もう歩けないよ」そんな泣き言を言っても、一向に止まる気配はなく、僕は引っ張られるままに進んだ。

そしてついに視界が開けると、目の前には薄緑色の滝がどうどうと流れ落ちていた。

「まさか、こんなことが!」

それはメロンクリームソーダの滝だった。

次から次へと流れてくるメロンソーダに白いクリームが所々に混じっている。

ものすごい量のメロンソーダが滝つぼに向かって落ちているその場所は、甘ったるい香りでむせ返るほどだ。

だけど、全然嫌ではない。

僕はもちろん驚いたけれど、まずはメロンクリームソーダを味わいたくて、滝に近づいた。

しかし、いくら流れているのがメロンクリームソーダとはいえ、滝の威力はすさまじく、なかなか近づくことができない。

僕はしかたなく滝つぼまで下りると、そこに溜まっているメロンクリームソーダをすくって飲んだ。

「本当に、メロンクリームソーダだ!」

見ているだけでは分からない。

飲んでみて初めて分かる、正真正銘のメロンクリームソーダだった。

それもこれまでに一度も味わったことのないおいしさだ。

僕のお腹はもうちゃぷちゃぷなのに、飲むのがやめられない。

僕はとうとう滝つぼに足を踏み入れた。

なぜなら、僕は落ちてたまったメロンクリームソーダではなく、今まさに落ちてくる新鮮なものが飲みたくなったからだ。

メロンソーダもクリームも滝つぼに落ちる頃には炭酸も若干抜けて、クリームも溶けているからだ。

メロンクリームソーダがおいしければおいしいほど、より完璧な状態で飲みたくなる。

だけど、滝の勢いはすさまじく、滝が流れ落ちている場所に近づけば近づくほどその勢いは増す。

それでも、僕に芽生えた欲求は消えなかった。

一歩一歩必死で進むうち、ついに滝が落ちている場所にたどりついた。

僕は滝の中に入り込むと上に向かって口を開けた。

新鮮なメロンソーダと丸いアイスクリームが僕目がけてどうどうと流れ落ちてくる。

「ああ、おいしい!やった、僕はついにメロンクリームソーダの滝を見つけたんだ!」

僕は心の中で叫びながら、メロンクリームソーダを思う存分味わった。

だが次の瞬間、滝の流れに足元をすくわれた。

流されながらも僕はメロンクリームソーダを飲めるだけ飲んだ。

しかしそのせいで僕は完全に溺れ、意識を失った。

「あれ、メロンクリームソーダの滝は」

僕が目を覚ましたのは病院のベッドの上だった。

僕が体を起こすと「和くん、やっと目を覚ましたのね」と母さんが駆け寄って来た。

母さんによると、あの日行方不明になった僕が翌日になって玄関先で気を失って倒れていたということだった。

僕はびしょぬれで、体中から甘い香りが漂っていたそうだ。

そして、僕は一週間もの間眠っていたらしい。

「母さん、僕・・・」

「今は何も言わなくていいのよ。あなたが生きていてくれただけで十分」

母さんは僕の手をギュッと握りしめた。

そう言われても、僕の頭の中はメロンクリームソーダの滝のことでいっぱいだ。

「あ、そうだ、ペンダントはどこ?」

僕は胸元に手をやったけれど、ペンダントはしていない。

「ペンダント?」

母さんは不思議そうに僕の言葉を繰り返した。

「なんでもないよ」

もはやメロンクリームソーダの滝に関する手掛かりはなにも残っていない。

「意識が戻ってよかったですね」

お医者さんがやってきて言った。

看護婦さんが体温と血圧を測ってくれた。

「特に異常がないようですから、もう退院しても大丈夫ですよ」

「ありがとうございます」

母さんがお礼を言っている。

僕はその間、ただぼんやりとされるがままになっていた。

「では、お大事に」と言ってお医者さんと看護婦さんが部屋を出て行こうとした。

その時僕は確かに見たんだ。看護婦さんの胸元に、あの緑色のペンダントが揺れているのを。

「あ、待って」

僕はベッドから飛び降りて看護婦さんに駆け寄った。

だけど、「どうしたの?」と言って振り向いた看護婦さんの胸にはもうあのペンダントはなかったんだ。