女王様の宝石
女王様は宝石が大好き。
世界中から素敵な宝石を探しては集めている。
だから、お城には毎日たくさんの宝石商人がやってくる。
今日も夜明け前から門の前には長い列ができている。
商人たちはお城にいる鑑定人のチェックを受けて合格するとお城の中に入る事が許される。
鑑定人はとても厳しいから、お城に入れるのは10人に1人くらいだ。
それでも、王女様に買ってもらえることは名誉なことだから、彼らはあきらめずに何度もやってくる。
今日は約50人の商人が女王様に会うことを許された。
彼らは女王様の部屋に通される前に身だしなみを整える。
女王様はただ指輪が好きなだけじゃなくて、とても美しいことで評判だ。
普段はこんな近くで女王様に会うことはできないから、これは商売でもあるけれどとても貴重な体験なのだ。
「では、最初の者、入りなさい」
女王様が待つ部屋の前でピンとした髭を生やした男が言った。
「はいっ!」
1番に並んでいた男は背筋を伸ばすと扉を開けて中に入った。
扉が閉まったとたん、ギャーッという声が聞こえたっきり中からは何の音もしない。
「あの、何かあったんじゃないですか?」
2番目に並んでいた男が髭の男にきいたけれど、何も答えない。
2番目の男はもう一度同じことを尋ねようと思ったけれど、「次の者、入りなさい」と言われてしまったので、しかたなく扉を開けて中に入った。
すると、1番の男の時と同じ様に中からギャーッという声が聞こえて静かになってしまった。
3番目の男はこれはただごとじゃないと、「中でなにが起こってるんですか!」と髭の男に強い口調で言ったけれど、やっぱり何も答えない。
そして、「次の者、入りなさい」と髭の男は言った。
3番目の男はあきらめずに、「だから、中はどうなってるんです?」と尋ねた。
すると髭の男は、「そんなに気になるんなら、自分で確かめればいい」と言って扉を開けた。
「わかったよ」3番目の男は髭の男をキッと睨むと部屋の中に入っていった。
だが、やっぱり中からは3番目の男の悲鳴が聞こえ、そのあとは静かになった。
次の男も、その次の男も同じことの繰り返しだった。
ついに、並んでいた男たちは逃げ出した。
しかし、最後に並んでいた男だけはその場に残っていた。
「お前は帰らないのか」と髭の男が尋ねると、最後の男は「ええ、せっかく女王様に会えるんですから」と言って笑った。
「では、入れ」
髭の男に言われ、最後の男は女王様の待つ部屋に入った。
扉を開けると中は真っ暗だった。
2,3歩歩いたところで急に床がなくなった。
次の瞬間、最後の男は滑り台の様なものの上を滑り落ち、なにやら石ころのようなものがたくさん敷き詰められている中に体がすっぽり入って止まった。
「なんだこれは」
そこはもう真っ暗ではなく、上の方にある大きなガラス窓から明るい光が差し込んでいた。
最後の男はその石ころを両手で拾い上げて驚いた。
なんと、男が落ちた場所にあったのは、とんでもない数の宝石だったのだ。
「さあ、あなたが持ってきた宝石はどれ?」
上の方から女性の声が聞こえた。男がその声の方に目をやると、そこには豪華な椅子に座った女王様の姿があった。
男のいる場所は地下のようで、女王様のいる部屋からは一段下にある。
「ど、どういうことです?」
最後の男が持っていた宝石は、このたくさんの宝石と一緒になってしまって、ちょっとやそっとじゃ見つかりそうにない。
「あなたが持ってきた宝石が世界に一つだけの貴重なものなら、この中から見つけることができるはず。どこにでもあるようなものなら見つからないし、私はそんなものは欲しくないわ」
そう言うと女王様は扇子を広げてはらはらと扇いだ。
「はい、わたくしがお持ちしたものは世界に二つとないとても貴重なものです。必ずや女王様のお眼鏡にかなうと存じます」
最後の男はそう言うと、宝石の山をかき分けて持ってきた宝石を探し始めた。
どうやらこれまでにこの部屋に落ちた商人たちは自分の宝石を見つけることができなかったらしい。
そして、彼らの置いていった宝石がこうしてここに残り山の様に積みあがっているのだろう。
「見つかるはずないわ」
「そうですとも」
侍女たちがコソコソとささやきあっている。
無理もない。
商人たちは毎日やってくるけれど、この部屋で自分が持ってきた宝石を見つけることができるのは、一年に一人いればいいくらい少ないのだから。
「ありました!」
「えっ!」
女王様は思わず立ち上がった。
「こちらに持ってくるのだ」
女王様のそばに控えていた上級鑑定士が言うとはしごが下ろされた。
最後の男ははしごを上り鑑定士にその宝石を見せた。
「これは、幻の宝石と呼ばれるマスグラバイトではないか!しかもこの大きさ。女王様、これは素晴らしいお品です」
「まあ、ほんとう?」
女王様は目を輝かせた。
「さあ、こっちへ来て。私にその美しい宝石を見せてちょうだいな」
鑑定士は女王様にその石をうやうやしく差し出した。
「まあこれは、青に紫が差し込んだ美しい石」
「お気に召しましたでしょうか」
最後の男が尋ねた。
「ええ、とても気に入ったわ。あなたには褒美としてこれを与えます」
女王が言うと、鑑定士は最後の男を宝石の山に突き落とした。
「な、なにをするんです!」
最後まで言い終わらないうちに、男は城の外に放り出されていた。なんと先程の部屋の壁がせり上がり、男と宝石は滑り台の上を転げ落ちたのだった。
「それを使うといい」
鑑定士の声が聞こえた。
外には大きな荷車が用意されていた。
男は来た時の何百倍もの値段の宝石を持って帰った。
「それにしても、おかしな女王様だったな」
男がそうつぶやいたのも無理はない。
女王様は宝石も大好きだが、なにより好きなのはいたずらだったのだから。