おはなしの森

短編・ショートショート・童話など、大人から子供向けまで、気ままに綴りたいと思います。

見えてますよ!

僕は、その人が今なにを食べたいのか分かってしまう。

どうしてなのかは分からない。気づいたらそうなっていたんだ。

小さい頃、夕ご飯がカレーの日があった。

父さんは唐揚げが食べたいと思っているのに、なぜか「ちょうどカレーが食べたかったんだ」と言った。

僕が「父さんは唐揚げが食べたいんじゃないの?」と言ったら、父さんは目を白黒させて「な、何言ってるんだ、そんなわけないじゃないか」と言ってガツガツ唐揚げを食べた。

またある時、母さんの友達がうちに遊びにやって来た。

母さんは「これ近くの洋菓子店で人気なの」と言ってケーキを出した。

その友達は大福が食べたいと思っているのに、「うわぁ、うれしい。私、ケーキ大好きなの」と言った。

僕が「おばさん、大福がたべたいんじゃないの」と言うと、友達は汗をたらたら流しながら「まさか、そんなわけないでしょ」と言って、思い切りケーキをほおばった。

その人が食べたいものが頭の上の辺りに浮かんでいることもあれば、胸やお腹の辺りに見えることもある。

小さい頃は、そんな風に見えたままを言ってしまったから、いつも変な感じになっていた。

そのおかしな能力は大人になった今でも変わらない。

だけど、もう小さい頃の様にそのまま口に出してその場の空気をおかしくしてしまうことはない。

「岸君、お昼一緒にいかないか」

先輩の林さんに声を掛けられたので、僕は「はい」と答えた。

「ああ、小早川君もどうだ」

林さんは、新人の小早川君にも声を掛けた。

「あ、はい。行きます」

小早川君はもじもじと答えた。

「俺、そばが食いたいんだけど、いいかな?」と林さんが言った。

僕はナポリタンが食べたい気分だったけど、ナポリタンは夕食にすることにして、「いいですよ」と答えた。

「はい、大丈夫です」と答えた小早川君の頭の上にはジュージューと油を飛ばしているハンバーグが見えた。

僕は、心の中で「あぁ・・・」と呟いた。こんな風に見えなければ、おいしくそばが食べられるのに。

自分のことはどうにでもなる。

だけど、自分以外の身近な人が我慢しているのを見るのはとてもつらい。

大人になったからといって、それは変わらないのだ。

仕事が終わり帰ろうとすると、友人の天野からメッセージが届いた。

「今日、久しぶりにサークル仲間で集まるから来ないか」という誘いだった。

うーん、僕は一瞬迷った。

みんなには会いたい。

だけど、会えば必ず彼らの食べたいものが見えてしまう。

「行くから場所教えて」と僕は返信した。

プライベートくらいは余計な気を使わずに楽しみたいけど、このおかしな能力とは一生付き合っていかなければならないのだから、あきらめるしかない。

「おお、久しぶり」30分後、僕はある居酒屋にいた。

「とりあえず、ビール人数分と、枝豆、もろきゅう、たこわさ、あと牛すじの煮込みと焼き鳥の盛り合わせ3つずつ」仕切り屋の天野がテキパキと注文した。

その間、僕はみんなの頭の上や胸の辺りにぽわっと浮かび上がる食べたいものを見ていた。

沢山注文したから、その中に食べたいものがヒットする場合ももちろんある。

そんな時は、自分のことじゃないのにホッとする。

ビールが来たので乾杯して飲み会が始まった。

みんなのお腹の中にさっきの料理が収まっていく。

すると徐々に、次に食べたいものが浮かび始める。

天野がメニューを見ながら次の料理を注文しようとしていた。

僕はとっさに天野からメニューを奪い取った。

「な、なんだよ、岸」天野は驚いた顔で僕のことを見た。

「注文お願いします!軟骨の唐揚げ、あじフライ、チーズ盛り合わせ、チリコンカン」

僕は天野にかまわず注文した。

すると、みんなはとても驚いて僕を見たんだ。

だけど、みんな「どうして分かったんだ」とは言わなかった。

きっと、僕の注文と自分が食べたいものがたまたま一緒だっただけだろうと思ったんだろう。

だけど、それからは天野が注文しようとするたびに僕がメニューを奪って注文を入れてやったんだ。

みんなは自分が食べたいものを食べられるから、とても喜んだ。

僕はそれが嬉しかったんだ。

それ以来、僕はこのおかしな能力を進んで使うことに決めた。

そして、僕は今、脱サラをしてレストランのオーナーをしている。

評判は上々だ。なにしろ、僕はみんなの食べたいものが見えちゃうんだから。