おはなしの森

短編・ショートショート・童話など、大人から子供向けまで、気ままに綴りたいと思います。

僕のお腹のふくらみは

僕は中肉中背、ごく普通の体型だ。

つい先日受けた人間ドックでも何も異常はなく、きわめて健康だ。

しかし、実は今週に入ってから腹部に違和感を感じている。

ただ、実際にお腹を見ても何の変化も見られないから、勘違いの可能性は高い。

そう自分に言い聞かせて一カ月が過ぎた。

以前は目立たなかったお腹の出っ張りが、今ではもう誤魔化せない程になっていた。

「おい山本、どうしたんだよその腹は?」

同期の岩田がニヤニヤしながら話しかけて来た。

「なんのことだよ」

僕はあくまで白を切る。

「ごまかせると思ってるのか?お前もいよいよ中年の仲間入りだな」

かく言う岩田の腹は数年前からせり出しっぱなしで、検査には毎年引っ掛かっている常連だ。

「お前と一緒にするなよ。これは、その、一時的なもんだ」

「強がらなくていい。こっちは楽だぞー」

岩田はそう言って自分の腹を撫でた。

「仕事の邪魔だ、あっちへ行け」

僕は岩田をシッシッと手で追い払った。

しかし、僕のお腹の変化に注目しているのは岩田だけではない。

会う人会う人誰もがまず僕の顔よりも腹の方に視線をやるのが分かる。

これまでの僕の人生でこんな体験は初めてで、本当ならこのふくらみをすぐさま引っ込めてしまいたいところだ。

だが、正直なところ、これをどうやれば引っ込めることができるのか、その方法が分からない。

そして、なにより問題なのが、なぜ僕のお腹がふくらんでいるのか、その理由だ。

この考えに根拠は全くないし、もちろん調べたわけでもない。

だけど、なぜかわからないけれど、僕はこのふくらみが、女性で言うところの妊娠、つまり赤ちゃんを授かったように感じられてしかたがないのだ。

ただ、今のところ、それを調べるために病院を訪れる勇気はない。

そんな風に全てを先送りにしているうちに、僕のお腹はどんどんそのふくらみを増してきた。

あれから三カ月がたった今では、もう誰も僕のお腹について触れようとしない。

人はみな、その兆しが見られる程度の時にざわめくもので、それがもはや当たり前になったり、もしくは過度に目立ちすぎている場合、あえて話題にすることはなくなるようだ。

これは僕にとって好都合だった。

なにしろ、自分自身がこの問題について究極の選択を迫られているという時に、他人からとやかく言われるのはとんでもなく僕の気力と体力を奪うからだ。

究極の選択というからには、その問題点がはっきりしているということになる。

つまり、最初の頃には発現していなかった現象が最近になって明らかになったということだ。それは、はっきり言えば胎動だ。

僕だって最初はまさかと思ったし、今だってまだ信じられない。

だけどお腹に手をやればトクントクンと規則正しく刻まれる鼓動が確かに伝わってくるのだ。

その事実はどうにも否定しようがない。

だが、そんな事態に追い込まれた今もまだ病院を受診するということは出来ていない。

いや、正確に言うならしたくてもできないという方が正しい。

僕がもし仮に女性で、そして然るべき手順を踏んで妊娠したなら、必ず医師による診察を受けて、安全な出産を迎えるべく準備を整えるだろう。

だが、今の自分の状況は、何から何まで規格外で、病院というシステムには適合しないことは明確だ。

それでも僕の気持ちは決まっている。このお腹の子を無事に産んでみせると。

そんな強い決意はあるものの、僕が一番分からないのは男の体をした僕のどこから赤ちゃんが出てくるのかということだ。

妊娠出産関連の情報をいくらかき集めても、当たり前だけどそれは全て女性に関するものだ。

だから、男の体のどこに赤ちゃんがいるのか、そしてどこを通ってどこから出てくるのかなんて全く分からないのだ。

「山本、俺はお前のことを友達だと思うから言うんだぞ」と言って、岩田が久しぶりに話しかけて来た。

「何の話だよ」岩田の言いたいことはもちろんわかっている。僕のお腹のことだ。

「いい病院紹介してやるから」珍しく優しい岩田に「お前が言っても説得力ないな」と僕は笑って突き放した。

「バカ、冗談じゃないぜ?お前のこと心配して言ってるんだ」岩田はいつになく真剣だ。

「ほっといてくれよ、俺は大丈夫だ」そう答えると、「ちょっと来いよ」と言って岩田は僕の腕をつかんで人気のない場所に連れ出した。

「お前、妊娠してるんだろう?」

「えっ!」僕は岩田の言葉に耳を疑った。

「大丈夫だ、誰にも言わないから」

「な、何をバカな事言ってるんだ」僕は動揺を悟られないように必死になった。

「いいか、信じられないかもしれないけど、俺の言うことをよく聞けよ」

「あ、ああ・・・」いつになく真剣な岩田に作り笑いをしていた顔を引き締めた。

「俺のお腹にも赤ん坊がいる」

「ええっ!!」

「しーっ!」岩田は僕の口をギュッとふさいだ。

「ここはそういうのを専門にしている病院だ」岩田はさっき僕が受け取らなかった名刺をもう一度差し出した。

「だがな、そこに行ったからと言って全てが解決するわけじゃない」

「どういうことだ?」

「つまり、俺たちはここに運命共同体を宿している、そして・・・」

「そして?」僕は次の言葉を待った。

「俺たちは死ぬまでこいつと離れることはないんだ」岩田はそう言って自分のお腹をとても愛おしそうに撫でたんだ。

あこがれのムキムキ

僕はムキムキの体に憧れている。なぜなら、僕はガリガリだからだ。

いくら食べても太らない。

母さんは、羨ましいって言うけれど、僕はちっとも嬉しくない。

今はマッチョが流行っているから、テレビなんかではよくムキムキの人を目にするけれど、まだ僕は実際にムキムキの人に会ったことがない。

どこに行けば会えるのかも分からないから、僕は自己流で筋トレをしている。

「お、たくやは今日も張り切ってるな」

僕と同じくガリガリの父さんが言った。

「うん、だけどぜんぜんムキムキにならないんだ」

「そりゃそうだ。まだ子供だからな」

たしかに僕はまだ小学生5年生だ。

「子供はムキムキにならないの?」

僕はムキムキになれると信じているから、毎日がんばって筋トレをしているけど、もし絶対にムキムキにならないのなら、あきらめるしかない。

「いやぁ、そりゃ絶対ならないかって言われたら、父さんも専門家じゃないから分からないけどな」

「そんなぁ」

いい加減なひとことで惑わしておいて、やっぱり分からないなんてひどすぎる。

「だけど、まあ普通に考えたら、鍛えたら鍛えた分は筋肉になるんじゃないか?」

そう言うと父さんは行ってしまった。

「もう!」

僕はすっかりやる気をそがれてムカッとしたけど、父さんはムキムキに興味がないんだから仕方ない。

僕が鍛えたいのはやっぱり上半身だ。もちろんバランスのこともあるから、下半身も適度には鍛えるけど、胸や背中、特に腕のムキムキにたまらなく憧れる。

腕を曲げた時の力こぶは、今の自分の筋力の象徴のような気がして、とても励まされるのだ。

普段はそんな僕のささやかなムキムキを誰かに披露する機会はほとんどない。

だけど、なんと今日はプール開きだ。

去年の年末からコツコツと鍛えてきた僕のムキムキが日の目を見る時がやってきたのだ。

もちろん最初から誰かに見せようと思っていたわけじゃない。

だけど、一ヶ月たち、二ヶ月たち、半年以上が経った今、どんなに些細なものだとしても以前の僕からすれば、確実にムキムキは育っている。

そして、そんな僕のムキムキを自然な形でみんなに見てもらえるのは、どうしたって嬉しいものだ。

僕は体育の時間を前に、密かに緊張していた。

「今日からプールが始まりますが、私は今妊娠中ですから、体育は副担任の岡村先生にお願いすることになりました」

担任の岩田先生が言った。

岡村先生は若い男の先生で、僕らにとってはお兄さんみたいな存在だ。

「わーい」

当然だがみんなは喜んだ。

担任の岩田先生はどちらかと言えば太っちょで運動はあまり得意じゃない。

それに比べると、岡村先生はサッカーが得意で走るのも早いから、泳ぐのも得意かもしれない。

「じゃあみんな、準備体操の位置に開いて!」

岩田先生が掛け声をかけたので、僕らは隣との距離を広げた。

そこに、水着に着替えた岡村先生が現れた。

その姿を見た僕は思わず「あっ!」と声を上げてしまった。

なぜなら、岡村先生の体がムキムキだったからだ。

しかも、そのムキムキ具合が僕の好みにぴったりの上半身ムキムキ、下半身そこそこだったから、たまらない。

僕の頭からは自分のささやかな筋肉を披露することなどすっかり吹き飛んだ。

「いちに、さんし」

掛け声に合わせて動く岡村先生の筋肉に僕の目は釘付けだ。

僕はなぜこれまで岡村先生のムキムキに気がつかなかったのか、頭の中で必死に記憶を辿っていた。

先生は普段スーツを着ているし、暑くなってもカッターシャツの袖をくるくると折り曲げていたから、肝心の力こぶを見る機会はなかったんだ。

ようやく納得した僕は、改めて岡村先生のムキムキに熱い視線を送った。

「はい、では順番に泳いでいきましょう」

岩田先生の指示に従ってみんなはプールに飛び込んだ。

一年ぶりに入るプールにみんなは大はしゃぎだ。

ただ、今の僕にとってプールはもう余計なものでしかなかった。

なぜなら、水の中に入ったら岡村先生のムキムキが見えなくなってしまうからだ。

だからと言って、ボーっと突っ立っているわけにもいかず、僕は順番になるとしぶしぶプールに入った。

ゴーグルをつけるともう岡村先生の姿は全く見えない。

何回か泳いだ後は自由に泳いでいいということになった。

「岡村先生、一緒に泳ごう!」

僕はやっと近くでムキムキを見れるチャンスを逃すまいと、急いで先生のところに駆け寄った。 

しかし、岡村先生は人気者だから他の生徒たちも集まっていて、僕が独り占めすることはできない。

それでも、さっきよりはずいぶんましだ。

手を伸ばせば先生のムキムキに触れることだってできる。

僕はどさくさに紛れて先生のムキムキに触ろうとしたけれどだめだった。

なぜなら岡村先生はやっぱり泳ぎも得意だったから。

岡村先生はみんなをかわすとスイスイと気持ちよさそうに泳ぎ始めた。

先生に触れるには僕も泳ぐしかない。

正直、僕はそんなに泳ぎが得意じゃない。

だけど、今の僕は必死だった。

なにしろ、今日を逃すと次の水泳は来週になってしまう。

つまり、来週まで先生のムキムキはお預けになってしまうというわけだ。

僕は必死になって泳いだ。

やっとのことで端壁にたどりつくと、岡村先生はもうすでに水から上がって25mプールの中ほどを歩いていた。

僕は大急ぎで、しかし決して走らないように気を付けて先生の後を追った。

うっかり走っては岩田先生に大目玉をくらってしまうから。

「岡村先生!」

僕が声を張り上げると、岡村先生はびっくりして立ち止まった。

「どうかしたのか、高木」

僕の声が不自然なくらい大きかったせいで、岡村先生はなにかあったのかと思ったみたいだ。

「いいえ、なにも。あ、でも、先生に聞きたいことがあるんです」

「ん?どんなことだ」

「どうやったら先生みたいになれますか?」

僕はいざとなるとムキムキのことを何と言えばいいのか分からなくなった。

「あ、ああ、これのことか?」

そう言うと、岡村先生は僕に向かってカッコいいポーズをとってくれた。

「そ、そうです、それです!!」僕が目を輝かせると、岡村先生は「あとで僕のところに来なさい」と言った。

放課後、僕はドキドキしながら職員室に行くと、「こっちだ」と言われ、なぜか校舎の裏にある駐車場に連れていかれた。

「これだよ」

岡村先生は車のトランクを開けると大きなうちわを取り出した。

「え、なんですか?」

僕は先生の言っている意味が分からなくて、間抜けな声で答えた。

「だから、これをこうするんだよ」

そう言って岡村先生は、うちわを両手に持つと大きく上下に振り下ろした。

「えっと」

それでも僕は先生が何を言おうとしているのか分からない。

「僕みたいになりたいんだろ?」

「はい!ええっ?」

それはつまり、岡村先生のムキムキはこの大きなうちわのおかげということだ。

最初は面喰った僕だけど、岡村先生の発明したトレーニングはとても効果的だ。

僕の細い腕には着実に筋肉がついている。

だから、今日も僕は岡村先生のようなムキムキになるべく、トレーニングに励むのだった。

シュワシュワサイダー

夏の暑い日、僕はサイダーを飲もうとして、ペットボトルのふたを開けた。

すると、飲み口からサイダーがシュワシュワと吹き出した。

僕はあわててペットボトルに口をつけると、あふれ出したサイダーをゴクゴクと飲んだ。

ゴクゴク、ゴクゴク、僕は飲み続けた。

だけど、サイダーは止まらない。

僕のお腹はもういっぱいで、どうしたってこれ以上は飲めそうにない。

溢れだしたサイダーは僕の手を伝って地面にボタボタと流れ落ちた。

ジリジリと熱い太陽に照らされて、熱々になったアスファルトにサイダーが染み込んでいく。

最初はジュッと音を立てていたけれど、しだいに冷たいサイダーで地面が冷やされて音がしなくなった。

サイダーの勢いは止まらない。

どんどん流れだして、今では小川のような流れが出来ている。

その流れはどんどん大きくなり、道路はもうサイダーでいっぱいだ。

あっちの道もこっちの道もサイダーが流れ、ついには本当の川につながってしまった。

そして、さっきまで暑くて仕方なかったのに、冷たいサイダーのおかげで、町の気温は一気に下がり、半そででは寒いくらいになってしまった。

僕はいったいどうしたらいいのかと、サイダーを持ったまま立ち尽くしていたけれど、どんどん体が冷えてくる。

ペットボトルの口を必死で押さえているのに、サイダーは一向に止まってくれない。

ふたをしようとしたけれど、サイダーの勢いで飛ばされて、そしてサイダーの川に流されてあっという間に何処かへ行ってしまった。

だけど、僕の体は寒さで悲鳴を上げている。

僕はもうどうしたらいいのか分からなくて、ついに泣き出してしまった。

すると、僕の耳に僕以外の誰かの泣き声が聞こえてきた。

その声はだんだん大きくなり、僕は、その鳴き声がサイダーの入ったペットボトルから聞こえてくるのに気がついた。

持っている手を少しずらすと、ペットボトルには顔がついていた。

それは赤ちゃんの顔だった。

僕が持っていたのはサイダーの赤ちゃんだったのだ。

そこで、僕はハッとした。

サイダーがどうして泣いているのかが分かった気がしたから。

僕は、サイダーでできた川の中を必死で走った。

僕の思っている場所に近づくにつれて、サイダーの泣き声は小さくなり、溢れ出すサイダーの量は少なくなっていった。

僕はますます自信を持って、その場所を目指した。

そしてついに、バス停の横にある自動販売機にたどり着いた。

するとペットボトルからジャージャー溢れていたサイダーはポタポタとしずくが落ちるくらいになって、泣き声も聞こえないくらい小さくなった。

だけど、まだ完全に止まってはいない。

僕は、ここで間違いないだろうとは思っていたけれど、ここで何をすればいいのかは、まだ分かっていなかった。

そこで、僕はサイダーを自動販売機に近づけてみた。

すると、ある場所でそのサイダーが完全に泣きやんだのだ。

僕はこれだ!と思って、ポケットから小銭を出すと、急いで自動販売機に入れた。

ボタンを押して取り出し口から二本のジュースを取り出した。

そして、二つのジュースにサイダーを近づけてあげると、サイダーはキャッキャと笑い出したのだ。

二つのジュースはファンダとゴーラだった。

ゴーラがお父さんでファンダがお母さんだったのだ。

泣きやんだサイダーを、僕は試しに飲んでみた。

すると、僕が飲んだ分だけ、サイダーは少なくなった。

さっきまであんなに凄い勢いで吹き出していたのに。

僕は、あのままほおっておいたら、一生サイダーを買わなくてもすんだかもしれないと、少しもったいない気持ちになった。

だけど、やっぱり、夏が寒いのは困るし、サイダーが泣いているのはいやだったから、これでよかったんだと、僕はそう思ったのだ。

メロンクリームソーダの滝

この国のどこかに、メロンクリームソーダの滝があるという言い伝えがある。

多くの人がその滝を探すことにチャレンジしたけれど、いまだに誰も成功していない。

だから、最近ではそんな言い伝え自体が忘れ去られようとしていた。

だけど僕は諦めていない。探すだけならタダだし、もし見つかったとしたら得しかないわけだから。

そうは言っても、何か手がかりがあるわけじゃない。

ただ、見つけたいという強い思いがあるだけだ。

だけどある日、僕宛にある荷物が届いた。

それは茶色い封筒で、中に何やら小さな箱の様なものが入っていた。

送り主は書いてないし、小学生の僕には心当たりもない。

封筒を振ってみるとカラカラと音がした。

決して重くはない。

何が入っているのか誰が送ってきたのかも分からないけれど、開けないという選択肢は僕になかった。

封筒をビリビリとやぶると中には木で出来た小箱が入っていた。

手紙は入っていない。

僕は小箱を開けようと、そっと手の上にのせた。

さすがにちょっと緊張する。

留め金をはずしてふたを開けると、中にはペンダントが入っていた。

何の石かは分からないけど、綺麗な緑色の石がついている。

僕はまだ小学生だから、ペンダントなんて持ってないし身につけたこともない。

だけど、せっかくだから首にかけてみることにした。

母さんが使っている三面鏡の前に立ち、首の後ろに手をまわしてみたけれど、なかなかうまくいかない。

汗だくになってどうにか輪っかの金具をはめることができた。

すると、僕の体は勝手に動き始めたのだ。

「ちょ、ちょっと、どうなってるのこれ?」

今は父さんも母さんも仕事で、家には僕しかいない。

「助けてー」と叫んでも誰も助けてはくれない。

僕はどんどん引っ張られて、どうやら家を出なければいけないようだ。

「ちょっと、靴をはかないと歩けないからね!」僕は誰に向かって話しているのかわからないけれど、とにかく訴えてみた。

すると、ピタッと僕を引っ張る力は止まった。

だけど、僕が靴を履くとその力はすぐに復活し、僕はついに家から飛び出した。

そのあとは、ものすごいスピードだった。

僕は自分の足で走っているはずなのに、もはや引きずられているというしかない状態だった。

だけど、走った距離の分だけ僕の体は疲れるわけで、途中から僕の記憶は途切れ途切れになったのだ。

そして、ふらふらになるまで走って、ようやくそのスピードがゆるやかになった頃、僕は周りの風景が随分違ったものになっていることに気づいた。

周りはうっそうと木が茂り、まるでジャングルのようだ。

だけど、そこはとても甘い匂いで満ちていた。

どこに向かっているのかまったく分からないが、引っ張られている行く手からはドーッという爆音が聞こえてくる。

「もう歩けないよ」そんな泣き言を言っても、一向に止まる気配はなく、僕は引っ張られるままに進んだ。

そしてついに視界が開けると、目の前には薄緑色の滝がどうどうと流れ落ちていた。

「まさか、こんなことが!」

それはメロンクリームソーダの滝だった。

次から次へと流れてくるメロンソーダに白いクリームが所々に混じっている。

ものすごい量のメロンソーダが滝つぼに向かって落ちているその場所は、甘ったるい香りでむせ返るほどだ。

だけど、全然嫌ではない。

僕はもちろん驚いたけれど、まずはメロンクリームソーダを味わいたくて、滝に近づいた。

しかし、いくら流れているのがメロンクリームソーダとはいえ、滝の威力はすさまじく、なかなか近づくことができない。

僕はしかたなく滝つぼまで下りると、そこに溜まっているメロンクリームソーダをすくって飲んだ。

「本当に、メロンクリームソーダだ!」

見ているだけでは分からない。

飲んでみて初めて分かる、正真正銘のメロンクリームソーダだった。

それもこれまでに一度も味わったことのないおいしさだ。

僕のお腹はもうちゃぷちゃぷなのに、飲むのがやめられない。

僕はとうとう滝つぼに足を踏み入れた。

なぜなら、僕は落ちてたまったメロンクリームソーダではなく、今まさに落ちてくる新鮮なものが飲みたくなったからだ。

メロンソーダもクリームも滝つぼに落ちる頃には炭酸も若干抜けて、クリームも溶けているからだ。

メロンクリームソーダがおいしければおいしいほど、より完璧な状態で飲みたくなる。

だけど、滝の勢いはすさまじく、滝が流れ落ちている場所に近づけば近づくほどその勢いは増す。

それでも、僕に芽生えた欲求は消えなかった。

一歩一歩必死で進むうち、ついに滝が落ちている場所にたどりついた。

僕は滝の中に入り込むと上に向かって口を開けた。

新鮮なメロンソーダと丸いアイスクリームが僕目がけてどうどうと流れ落ちてくる。

「ああ、おいしい!やった、僕はついにメロンクリームソーダの滝を見つけたんだ!」

僕は心の中で叫びながら、メロンクリームソーダを思う存分味わった。

だが次の瞬間、滝の流れに足元をすくわれた。

流されながらも僕はメロンクリームソーダを飲めるだけ飲んだ。

しかしそのせいで僕は完全に溺れ、意識を失った。

「あれ、メロンクリームソーダの滝は」

僕が目を覚ましたのは病院のベッドの上だった。

僕が体を起こすと「和くん、やっと目を覚ましたのね」と母さんが駆け寄って来た。

母さんによると、あの日行方不明になった僕が翌日になって玄関先で気を失って倒れていたということだった。

僕はびしょぬれで、体中から甘い香りが漂っていたそうだ。

そして、僕は一週間もの間眠っていたらしい。

「母さん、僕・・・」

「今は何も言わなくていいのよ。あなたが生きていてくれただけで十分」

母さんは僕の手をギュッと握りしめた。

そう言われても、僕の頭の中はメロンクリームソーダの滝のことでいっぱいだ。

「あ、そうだ、ペンダントはどこ?」

僕は胸元に手をやったけれど、ペンダントはしていない。

「ペンダント?」

母さんは不思議そうに僕の言葉を繰り返した。

「なんでもないよ」

もはやメロンクリームソーダの滝に関する手掛かりはなにも残っていない。

「意識が戻ってよかったですね」

お医者さんがやってきて言った。

看護婦さんが体温と血圧を測ってくれた。

「特に異常がないようですから、もう退院しても大丈夫ですよ」

「ありがとうございます」

母さんがお礼を言っている。

僕はその間、ただぼんやりとされるがままになっていた。

「では、お大事に」と言ってお医者さんと看護婦さんが部屋を出て行こうとした。

その時僕は確かに見たんだ。看護婦さんの胸元に、あの緑色のペンダントが揺れているのを。

「あ、待って」

僕はベッドから飛び降りて看護婦さんに駆け寄った。

だけど、「どうしたの?」と言って振り向いた看護婦さんの胸にはもうあのペンダントはなかったんだ。 

おてんば姫の空飛ぶスカート

姫様はスカートが大嫌い。

スカートなんかをはいていたら、男の子とかけっこした時負けてしまうからだ。

そんなわけで、姫様はいつもと釣りズボンをはいている。

母君は、「女の子がズボンなんてはしたない」と言うけれど、父君は「元気でよろしい」と言って許してくれる。

ところがある日、お城に旅の商人がやってきた。

商人は異国の珍しい品物をたくさん持っていた。

皆は、初めて見る品物に目を輝かせた。

すると商人が「姫様にぴったりのスカートがありますよ」と言って、不思議な色のスカートを差し出した。

姫様が「いらない」と答えると、商人は「これは普通のスカートじゃないんですよ」とほほ笑んだ。

「なにが普通じゃないの?」姫様が尋ねると、「ほら、ご覧のとおり」と言って、スカートを空中に投げた。

するとスカートはそのまま宙を舞いフワフワと漂ったまま落ちてこない。

「まあ、どうなってるの?」驚いた姫様が尋ねると、「さあ、しくみは分かりません。

ただ、私もこんな不思議な品にお目にかかることはめったにありませんから、とても貴重なものであることに間違いございません」商人はもったいぶった様子で言った。

「ふうん」

いくら貴重なものだろうと、しょせんはスカートだ。姫様には必要ない。

「これは、ただフワフワ浮いているだけじゃないんですよ。なんと、このスカートをはけば空を飛ぶことができるんです」

商人は自信満々に言った。

「まさか」

今度は母君が言った。

「では、試しに姫様はいてごらんになりますか?」

商人は横柄な態度で言った。

「なんと無礼な!」

母君は声を荒げたけれど、「おもしろそうじゃないか」と父君は笑いながら言った。

「フランソワ、そなたは男の子に負けないのだろう?だったら、空を飛ぶことなど怖くないな?」

父君は姫様のことを試すように言った。

「も、もちろんですわ!」

姫様はムキになって答えた。

「まあ、フランソワ!」

驚く母君をしり目に、姫様はスカートをつかんだ。

着替えている間も、スカートはフワフワと浮き上がるものだから、ひっくり返らないようにするのが大変だ。

「思った通り、とてもお似合いです」

商人はうさん臭くて、どこまでが本心なのかよく分からない。

「そんなことより、どうすれば飛べるの?」

姫様の質問に、「いえ、わたくしも実際にはいたわけじゃありませんから、よく分からないんですよ。なんでも相性が良ければうまく飛べるらしいのですが」などと、いい加減な返事を返してきた。

「それじゃあ、やっぱり飛べ・・・、きゃあ」

急に姫様の体はひっくり返り、そのまま空へと舞い上がった。

「フランソワ!」母君は驚きのあまり気を失ってふらふらと倒れてしまった。

「お父様、助けて」姫様が叫ぶと、「フランソワ、もっと高く飛んで見せておくれ」などと言って取り合ってくれない。

しかし、ひっくり返ったままでは、頭に血が上ってしまう。

姫様はどうにか頭と足の位置を入れ替えようと必死になった。

でんぐり返りをする要領で体を動かしてみたら、やっと元に戻った。

すると、ようやく宙に浮いているという実感が湧いてきた。

それは、とても楽しいもので、姫様はもう少し高いところへ行ってみたいと思って、上に向けて体を動かしてみた。

すると、意外にもスムーズに体が移動し、結果的に高く飛ぶことができた。

「おお、見事じゃ、フランソワ」父君は、姫様が飛んでいるのをまるで曲芸を見ているように楽しんでいる。

心配性の母君とはえらい違いだ。

「お父様、わたくし何だか楽しくなってきましたわ」

姫様は徐々にコツをつかみ、すっかり自由に動けるようになってしまった。

「商人よ、それをもらおう」

「ははぁ、かしこまりました」

商人はホクホク顔でもみ手をした。

スカート嫌いだったはずの姫様が、その日以来毎日スカートをはいている。

もちろんそれは空飛ぶスカートだ。

クッキー星人

僕はクッキー星のクッキー星人。

僕たちは他の星に行っては空からクッキーをばらまいているんだ。

僕らの目的はその星の人たちを僕らのクッキーのとりこにしてしまうことだ。

そうすれば、僕たちはお金がたっぷり儲かるし、他の星の人たちは僕らのおいしいクッキーがいつでも食べられるようになるってわけ。
僕らのクッキーがおいしいのはその成分に秘密がある。

それは、クッキーの味の決め手となるエキスだ。

そのエキスは星から作られるのだ。

「いやあ、どんな味になるのか楽しみですね」

僕の部下がワクワクした表情で言った。

エキス抽出機を取り付けて蛇口をひねれば、その星のエキスを搾り取ることができる。

だから、クッキーの種類は星の数だけある。

「そうだな。まあ、どっちにしてもおいしいことには違いないさ」

僕は答えた。

好みは様々だが、今までの経験から同じ銀河系の星のエキスを好む傾向があることが分かっている。

今日は地球という星にクッキーをばらまく予定だ。

用意したのは、彗星、金星、火星、木星土星天王星海王星冥王星クッキーだ。

「地球ではどのクッキーが人気でしょうね。僕は冥王星クッキーが一番おいしいと思うんですけどね」

部下は目を輝かせて言った。

「どうだろうな、金星か火星じゃないか?」

僕は答えた。

隣の星のエキスは比較的好まれるからだ。

「そういう隊長はどれが好みなんです?」

「好みで言えば、彗星クッキーかな」

「へえ、意外ですね」

僕らは地球の上空にたどり着くと、飛行艇の投下口からクッキーをばらまいた。

クッキーは汚れないようしっかりと包装されている。

「うわあ、空からクッキーが降って来たよ」

子供たちは大喜びだ。

「まあ、火星クッキー。あら、こっちは土星クッキーだわ」

今まで見たことのないクッキーに大人も興味深々だ。

地球は一瞬でお祭り騒ぎになった。

だけど、取り合いのケンカになることはない。

なぜなら、ばらまかれるクッキーの量がとんでもないからだ。

地球の人たち一人一人が、それこそ必死になって拾わないと、歩くことができなくなるほどの数だ。

だから、クッキーがまかれる日は会社も学校も休みになって、みんな総出で拾わなければならないのだ。

だけど、嫌がる人は誰一人いない。

なぜなら、僕らが作るクッキーはそれくらいおいしいからだ。

そして、一週間後に人気投票の結果報告がやってきた。

「隊長、今度こそは僕の勘が当たってますよ」

「さあ、どうかな」

僕らは結果が表示される画面をじっと見つめた。

画面に表示されたのは「彗星クッキー」だった。

「わぁ!隊長が好きなやつじゃないですか」

「いやぁ、だけど予想は外れたな」

「絶対、冥王星クッキーだと思ったんだけどなー」

そんなことを言いながらも、実際にはどれが選ばれてもおかしくないとも思っている。

星のエキス入りクッキーはそれぞれが他にはない特別なおいしさを持っているのだから。

ただ、すべての種類を作るのは大変だから、人気投票を行っているだけだ。

僕らは選ばれたクッキーを作るため、再び彗星に行くとエキス抽出機を取り付けた。

今度は前回よりも大量のエキスが必要だ。

大型タンカーにエキスを満タンに詰め込んで、クッキー工場へ運んだ。

工場ではエキスが到着するのを今か今かと待ち構えていた。

エキスが到着すると、すぐさまクッキー作りが始まった。

工場はまたたくまに何とも言えないおいしい香りで満たされ、クッキーを作っている工員たちは、こっそりつまみ食いをしたい衝動に駆られる。

おいしい香りは工場から漏れ出し、辺りは彗星クッキーの香りが漂っている。

すると、クッキー星の人々がワイワイと集まって来て、工場の扉をドンドン叩いた。

「おーい、俺たちにもそのクッキーを食べさせてくれよ!」

クッキー星の人々はクッキーが大好きだ。

だから、新しいクッキーが作られるたびに、同じような騒動が繰り返される。

しかし、新しいクッキーはまずそれを売り出す国に運ばれてしまう。

だから、クッキー星の人がそれを味わえるのは随分先のことになる。

だから、ダメだと分かっていても、クッキー好きの人たちがこうして押し寄せてくる。

そうは言っても、クッキー工場の人たちも自慢のクッキーを食べさせたくてうずうずしている。

そして、結局はこっそりみんなにふるまってしまうのだ。

すると、やっぱり自分たちも食べたくなって、みんなで仲良く彗星クッキーを食べるのだ。

だから、クッキー星の人はみんなしあわせ。

そして、クッキー星の人が作ったクッキーを食べる他の星の人たちも、クッキーを食べればみんなみんなしあわせになるんだ。

スキマぼっち

僕は気づくと隙間に入っている。

とにかく狭い隙間が落ち着くんだ。

朝目覚めると、ベッドと壁の隙間にしばらくの間入る。

とても落ち着くけどそろそろ起きないと学校に遅刻してしまう。

洗面所で顔を洗った後、洗濯機と壁の間にしゃがみこんだ。

洗濯機の冷たさが心地よい。

「まあ、びっくりした!トシ君こんなところで何してるの?」

母さんが洗濯をしにやって来たので仕方なく立ち上がった。

朝食を食べた後、冷蔵庫と壁の間でしばらく過ごした後、玄関で下駄箱と壁の隙間を横目にしながら家を出た。

学校に行く途中、長屋が並んでいる場所がある。

長屋と長屋の間はちょうどいい隙間が空いていて、僕はついそこに吸い込まれそうになる。

だけど、友達が僕に話しかけて来るから勝手なことはできない。

僕は、楽しみは帰りにとっておくことにして、長屋の前を通り過ぎた。

学校に着き教室に入ってランドセルの中身を机の中に入れて、廊下にあるロッカーにランドセルを入れた。

廊下の端っこの掃除道具入れは壁にぴったりとくっついているから、いくら僕でも入れない。

もし隙間があったなら、かなり居心地がよさそうなのに残念だ。

休み時間になり、友達が僕のところにやってきてゲームの話を始めたけれど、僕は先生の机のうしろの段ボールのことが気になってそれどころではなかった。

段ボールには運動会で使う踊りの衣装が入っているんだけど、その段ボールと後ろの壁の間にはちょうどいい隙間があるからだ。

授業中はもちろん無理だし、休み時間でも先生がいる時は難しいから、たまたま先生がいない今はまたとないチャンスなんだけど。

低学年の頃は友達が話しかけてくるのにもおかまいなく、僕は隙間に入り込んでいたけれど、さすがにそれはマズいと高学年になった今なら分かるから、僕はこうして我慢をしている。

その分、自由になった時は隙間を求めてしまう気持ちは強くなった。

だけど、一人の時間をどういう風に使おうと誰かに迷惑をかけるわけじゃない。

「トシ君、サッカーやろうよ」

昼休み、友達が僕に声を掛けて来た。

だけど、僕の我慢はもう限界だ。

なにしろ、学校に来てから、給食が終わるまでまったく隙間に入っていないのだから。

「あ、ごめん。僕ちょっと図書室に行きたいんだ」

「ええ、そうなの?トシ君と一緒にサッカーやりたかったのにな」

「明日ならいいよ」

「しかたないなー」

僕はうっかりそんな約束をしてしまって、明日になったらきっと死ぬほど後悔するだろう。

だけど、友達の悲しそうな顔を見るのはやっぱりつらいから、僕はしばしばそんなことを言ってしまうんだ。

とにかく今日のお昼休みは図書室という天国に行くことができる。

僕は友達が運動場に行ってしまうとすぐに図書室に向かった。

図書室は隙間がいっぱいあるわけじゃないけれど、静かなのがいい。

僕は適当な本を選ぶと図書室の隅っこにある自伝の本棚の裏側に行き、壁側の本棚の隅っこの隙間にスッと入り込んだ。

そこはめったに人が来ない僕のお気に入りの場所の一つだ。

しかも、もし見つかったとしても、本を読んでいるふりをすれば変な言い訳をしなくてもすむ。

とても素晴らしく落ち着く憩いの場所だ。

しかし、お昼休みはそんなに長くはなくて僕の貴重な時間はあっという間に終わりを迎えた。

僕は本を元あった場所に戻すと、とぼとぼと教室に帰った。

午後からの授業をなんとかこなし、掃除の時間になった。

今日は外掃除で、比較的自由に動ける。

できれば下校前に一度隙間に入っておきたかった。

僕は旧校舎の外階段のところにある物置の隙間に行くことにした。

一応手にはほうきを持っているから、掃除の時間にうろうろしていても怪しまれることはない。

しかし、旧校舎に近づくと何人かの生徒がたむろして、チャンバラごっこをして遊んでいた。

僕はあきらめて帰ろうとすると、先生が通りかかって遊んでいた生徒たちはそれぞれの掃除場所に連れていかれた。

今日はとても運がいい。

僕はいそいそと物置の隙間に行くと、しばらくそこに入り込んでいた。

掃除時間の終わりを告げる校内放送が流れたので、僕はいそいで教室に帰った。

「トシ君どこにいたの?」

友達に聞かれたけど、「体育館の裏だよ」と答えた。友達は「ふうん」と言っただけで僕がいなかったことをそんなに気にしていないようだ。

「トシ君、一緒に帰ろう!」

友達に誘われ、僕は楽しみにしていた長屋の隙間を諦めなくてはならなくなった。

だけど、友達は悪気があるわけじゃない。

僕は家に帰ると、すぐ自分の部屋の勉強机と壁の隙間に入り込んだ。

ここは本当に気持ちが安らぐ。

勉強机は木でできていて、僕の部屋の壁も木だから、こういっては大げさだけど、まるで森林浴をしているような気持ちになれるからだ。

しかも、誰かが入ってくる心配もない。

ただ、あまりずっと部屋に閉じこもっていると母さんが急に入ってくるから注意が必要だ。

こんな僕だけど、もちろん友達付き合いもちゃんとしながら、これからもちょっとした隙を見つけては隙間に入り込むつもりだ。