おはなしの森

短編・ショートショート・童話など、大人から子供向けまで、気ままに綴りたいと思います。

ほら穴の物語

放課後、僕は近くの山に犬のシロを連れて散歩にでかけたんだ。

いつもの散歩コースをいつものようにぶらぶらと歩いていると、山の斜面に穴があるのに気がついた。

「あれ、こんな穴あったかな」

僕は、腰をかがめると穴の中を覗いてみた。

中は暗くてよく見えない。

するとシロが急に吠え始めたんだ。

何かがいるのかもしれないけれど、中に入る勇気なんてない。

僕は通り過ぎようとしたのに、シロはどんどん中に入って行こうとする。

僕はどうしてもほら穴入るのが嫌で思わずリードを離してしまったんだ。

「シロー!」

僕がいくら呼んでもシロは戻ってこない。

「困ったなぁ」

シロをこのまま置いていくわけにはいかないけど、中に入るのはやっぱり怖い。

「シロー、シロってばー」

僕がいくら呼んでも返事はないし、戻って来る気配もない。

しばらくほら穴の入り口でしゃがんでいたけれど、外はだんだん暗くなるし、中はますます真っ暗になって、僕は本当に泣きたくなってきた。

すると、穴の奥の方からシロの鳴き声が聞こえたんだ。

「シロ、戻っておいで!シロ!」

僕は、さっきよりずっと大きな声で叫んだ。

シロは僕の声に答えるように吠えたまま、また静かになってしまった。

もしかして、この中はすごく広くてシロは迷子になってしまったのかな。

いや、犬は人間より鼻がいいんだから迷子になんてならないだろう。

もし迷子になるのなら僕のほうだ。

そんなことを考えていると、シロがまた鳴いた。

僕はもうどうにでもなれと思って、その穴の中に飛び込んだんだ。

入り口は腰を曲げないと入れなかったけれど、奥に進むと普通に立って歩けるくらいの高さがあった。

それでも中は真っ暗なままだから、僕はずっと「シロ」と呼びながら歩いた。

シロは僕が呼ぶたびにワンと鳴いた。

怖くてしかたなかったけれど、シロの声が聞こえるから僕は何とか進むことができたんだ。

シロの声がだんだん近づいてくると、不思議なことに辺りが少しずつ明るくなってきた。

そして、やっとシロの姿を見つけた僕は思わずシロに飛びついたんだ。

「シロ、ダメじゃないか。もう、僕の心臓はドキドキしすぎて壊れそうだよ」

シロを撫でていたら随分気持ちが落ち着いた。

僕は、少し余裕ができて、辺りを観察してみたんだ。

すると、隅っこに小さなテーブルがあって、その上にロウソクとノートとペンが置いてあるのを見つけたんだ。

「やっぱり誰かいるんだ!」

僕は、またドキドキがとまらなくなった。

でも、よく見るとそのテーブルの奥はもう行き止まりで、誰かが隠れる場所なんてない。

だけど、こんなものがあるということは、人がいるという何よりの証拠だ。

そして、こんなところにいるのはどういう人なんだろうと想像すると、背筋がス~ッと冷たくなった。

「ねえ~っ、シロ、もう本当に帰ろうよ」

僕はシロに泣きついたけれど、シロはすっかりくつろいで、後ろ足で耳をかいている。

だけど、よく考えたら入り口からここまでは一本道のはずだ。

真っ暗で見えなかったから、左右の壁をずっと手で触りながら歩いてきたのだから。

僕はそう自分に言い聞かせて落ち着きを取り戻そうとしたけれど、やっぱり一刻も早くここから出たい。

「シロ、シロってば、ほら行くよ」

僕がいくらリードを引っ張ってもシロは動く気配がない。

僕はもう我慢できなくなって泣き出した。

そんな僕をなぐさめようとしたのかシロがくっついてきたけれど、涙は止まらない。

なぐさめるくらいなら、ここから早く出てくれればいいのに。

随分長いこと泣いて、泣き疲れた僕はいつの間にか眠っていた。

シロの鳴き声で僕は目を覚ました。

シロは僕の服を咥えるとテーブルの方に引っ張った。

「や、やめてよ、シロ」

シロは雑種の小型犬だから、僕が引きずられるなんてことはまずない。

だけど、今はとにかくものすごい力で引っ張るから、僕は必死に抵抗したけれど全然歯が立たない。

そのまま引きずられて、ついにテーブルのところまで来てしまった。

僕は恐る恐る、テーブルの上に置いてあるノートをめくってみたんだ。

ノートの表紙には「ほら穴の物語」と書いてあった。

そしてその中身は、「ある日、少年が犬の後を追ってほら穴に入ると、テーブルの上にロウソクとノートとペンを見つけた」と書いてあったんだ。

「シロ、これ僕たちのことじゃないか!やっぱり怖いよ!早くここから出ようよ!」

僕は必死になってシロに泣きついた。

ところがシロは僕の言葉に耳を貸さないどころか、ほら穴の最奥の壁にガリガリと爪を立てて掘り始めたんだ。

「シロ、そっちじゃないってば!出口はあっち」

僕は必死に出口を指さしてシロのことを引っ張ったけれど、シロはびくともしないで懸命に壁をひっかいている。

「もう、今日のシロは本当にどうかしてるよ」

僕は心も体もへとへとでその場に座り込んだままシロのことを眺めていた。

すると突然シロが引っ掻いていた壁がガラガラと崩れ落ち、あっという間にぽっかりと大きな穴が開いたんだ。

そして、シロはその穴目がけて突進したものだから、リードを握っていた僕の腕は思い切り引っ張られ、腕が抜けそうになった僕はシロの後を追ってその穴をくぐり抜けたんだ。

外に出るとそこは見覚えのある場所だった。

なぜだか分からないけれど、家の裏庭にシロと僕は立っていた。

僕はとっさに後ろを振り返った。

しかし、そこに穴などない。

ただ真っ暗な雑木林が広がっているだけだ。

もちろん何がどうなってここにいるのか、そんなことは全く分からないけれど、とにかく無事に家に帰って来れたことが僕は嬉しかった。

「シロ、どうなってるのか説明してよ」

僕がそう言うと、シロは「くぅーん」と困ったような声を出して犬小屋に入ってしまった。

僕は「シロがしゃべれたらいいのに」と独り言を言うと、あきらめて家に入った。

「ただいまー」

僕は今の出来事を話そうか迷ったけれど、まだ心の整理ができていないから、やめておいた。

「どうしたの?随分遅かったわね」

母さんは夕飯づくりの真っ最中で、こっちも見ないで言った。

「うん、ちょっと遠くまで行ってみたんだ」

「あら、そう。もうすぐできるから、先に宿題やりなさい」

「はーい」

とても宿題をやる気分じゃなかったけど、ここで小言を言われることを思ったら、ふりだけでもしてやり過ごすのが今の僕には一番楽だった。

ランドセルから宿題を取り出しリビングに行くと、珍しく父さんが帰ってきていた。

「お、宿題か、えらいな」

父さんは何かをぺらぺらめくりながら言った。

「うん」

僕は、適当に返事をすると父さんの向かいに座った。

何気なく父さんの読んでいるものに目をやった僕は思わず立ち上がった。

「と、父さん、それどうしたの!」

父さんが手にしていたのは、僕がさっき見た「ほら穴の物語」だったのだ。

「ああ、これか。なんだか急に思い出して、さっき押し入れから出してきたんだ」

そう言って父さんは話し始めた。

「これは、父さんが小さい頃お前のおじいちゃんが書いてくれたんだ。だけど、おじいちゃんはお話なんて書いたことがないから、最初は張り切ってたのに、結局続きが書けなくてそのままになっちゃったんだよ」

「見てもいい?」

父さんから受け取ってページをめくると、さっきと同じで最初の一文しか書いてなかった。

「続き、書いていいぞ」

「えっ?」

そう言うと父さんはテレビをつけて野球中継を見始めたんだ。

「ほんと?」

僕だってお話なんて書いたことがかなったけれど、その時はなんだかうれしくて思わずそう答えていたんだ。

それから、そのノートは僕の宝物になった。

今日も僕はおじいちゃんの物語の続きを書いているんだ。