垢虫くん
かゆいところをポリポリ掻くと垢が出る。
ポロポロとこぼれ出た垢はすぐに小さな虫へと変化する。
そして、トコトコ歩いて外へ行くと地面に自分たちの巣を作り始めるんだ。
僕は小さい頃、初めて垢虫が自分の腕を這っているのを見た時、とても怖くて思わず泣き出したんだ。
だけど、今は全然怖くない。
むしろ可愛いと思うくらいだ。
垢虫はありんこぐらいの大きさで、色は肌色だ。
垢から生まれた虫だけど、垢の様に黒くはない。
僕は時々垢虫の巣の所へ行って、垢虫が行進しているところに手を伸ばす。
すると、垢虫の何匹かが僕の腕に登ってくる。
僕は垢虫を腕に乗せたまま公園に行って、大きな木の枝を見つけると腕を伸ばす。
すると垢虫はその枝をどんどん登っていく。
僕はしばらくその様子を眺めている。
垢虫は木のてっぺんまで登るともとの場所まで下りてくる。
僕が手を伸ばすとまた僕の腕に乗って来るから、そのまま家に帰って垢虫の巣まで運んであげるんだ。これは、僕と垢虫の散歩だ。
学校の授業中、僕はほっぺたがかゆくなった。
ポリポリと掻くと垢虫が生まれた。
垢虫は僕の机から床、床から教室の壁、そして窓を伝って校舎の外壁を伝って校庭へと行進していく。
授業が終わると、僕は校庭の隅々まで垢虫の巣を探して回る。
今日はプール脇の空き地に巣を作っていた。
垢虫の巣は小さいから探すのは本当に大変だ。
だけど、僕から生まれた垢虫の巣だから何としても見つけたい。
今日探さないと明日にはもう見つからないかもしれない。
垢虫はよく引っ越しをするし、そんなに長く生きられないから、今日を逃すわけにはいかないんだ。
学校が休みの日、僕は友達と近所のお宮へ遊びに出掛けた。
友達が蚊に刺されて足を掻いていた。
だけど、そこから垢虫は生まれてこない。
そう、垢虫は僕だけから生まれる秘密の虫なんだ。
運のいいことに垢虫はすごく小さいから、これまで何度も僕の体から生まれているけれど、一度も誰かに見つかったことはない。
僕の足も蚊にさされた。少し掻くとすぐに垢虫が生まれた。
「ねえ、かくれんぼしようよ」
おかしなタイミングで友達が声をかけてきた。
「あ、ちょっと待って」
今動くと垢虫が落っこちてしまう。
生まれたばかりの垢虫はよちよち歩きだから、乱暴に扱うわけにはいかない。
垢虫のペースでゆっくりと歩かないと死んでしまうかもしれない。
だから、普段僕は垢虫が僕の体から移動するまではいつもじっとしているんだ。
「どうしたの?どこか痛いの」
友達は心配そうに僕のことを見た。
僕はあまりじっと見られたくなかったので、「先に行ってて、僕もすぐに行くから」と言って友達のことを追っ払った。
「うん、わかった」
友達は仲間が集まっている広場にかけていった。
僕はホッと一安心して、かわいい垢虫の行進を眺めていた。
垢虫がこの広い場所でどこに行くのかずっと見ていたかったけれど、また友達が呼びに来るといけないから、僕は遊んだあとここに戻ってきて垢虫の巣を探すことにした。
それはとても面倒なことのように思えるかもしれないけれど、僕にとってはとても楽しいことだ。
友達と別れて家に帰るふりをして、僕はまたお宮に向かった。
すると湿った空気が流れてきて辺りが急に暗くなってきた。
どうやら夕立が来るらしい。
僕は急いだ。
大雨が降ると垢虫の巣は流されてしまうかもしれないからだ。
すぐに大粒の雨が降り出し、道路はあっという間に川の様になってしまった。
僕は一刻も早くお宮にたどり着くため全力で走った。
僕が到着すると、お宮の地面はすでに水浸しであっちこっちに大きな水たまりができていた。
お宮は道路よりは水はけがいいから川の様にはなっていないけど、これでは垢虫の巣はひとたまりもないだろう。
それでも僕はあきらめないで、必死で垢虫のことを探した。
さっき蚊に刺された場所に戻って辺りを見て回った。
だけど、どこにも垢虫の姿はない。
こんな大雨の日に一人で外にいるのは初めてで、それだけでも心細かったのに、垢虫が見つからないものだから、僕の心はどんどん追い詰められていった。
だけど、僕はある大きな水たまりで何かが動いているのを偶然見つけたんだ。
それは、垢虫だった。
垢虫は水に溺れることなく、スイスイと華麗に泳いでいたのだ。
そうか、垢虫は泳げるのか!
僕は急に元気を取り戻した。
実は僕が思っているよりも垢虫は逞しいのかもしれない。
そして、僕はこれからも垢虫をずっと見守っていこうと思うのだった。