ピラミッドの国
僕の国にはピラミッドがいっぱいある。
あまりにたくさんありすぎて、他の国では大切にされているピラミッドが僕の国では邪魔もの扱いだ。
いくらなんでも邪魔ということはないだろうと思うかもしれないけれど、国の面積の95%がピラミッドだと言ったら、その深刻さは理解してもらえるだろうか。
そんなわけで、国民の職業第一位はピラミッド解体業だ。
つまり国民が総出でピラミッドを壊しているのだ。
大人は仕事としてピラミッドを壊すけれど、子供は遊びの一環としてピラミッド壊しをする。
僕は学校から帰るとすぐに「ちょっとピラミッド行ってくるから」と母さんに言って家を飛び出した。
手には古びたくわを持って。
このくわは僕のおじいちゃんのそのまたおじいちゃんが使っていたと父さんが言っていたけれど、本当のことはわからない。
とにかく古いことだけはたしかだ。
とんでもなく古いけど、このくわは軽くてとても使いやすい。
僕のすてきな相棒だ。
僕は昨日までほっていた場所につくと、さっそく続きを掘り始めた。
しばらく掘っていると友達がやってきた。
「やあ、調子はどうだい?」
「絶好調!」
僕はどんどん掘り進めた。掘るといっても、ピラミッドは石だから、とても固い。
だから、くわが石にぶつかるとすごい衝撃が僕の手に伝わってくる。
最初のころはうまくできなくて、すぐ手が痛くなっていたけれど、僕もだんだんコツを覚えたから、今ではすっかりうまくなった。
それでも、僕らが掘っているピラミッドは大人が掘っているものに比べたら随分柔らかいらしい。
柔らかいというか、すごく古いから石がボロボロになっているんだ。
だから、砂遊びとまではいかないけれど、僕らにとってはとても楽しい遊びなのだ。
「そろそろ運んでいかないと、もういっぱいだよ」
友達が一輪車を持ち上げた。掘ってくだいたピラミッドはトラックで粉砕工場に運ばれていく。
粉々になったピラミッドはレンガや埋め立て用の材料になる。
とにかく今は住める場所が少ないから、どんどん埋立地が作られている。
そして、そこにはレンガで作った家やビルが新しく建てられている。
昔は、そんな技術がなかったから、レンガを作って輸出することしかできなかったけれど、父さんが生まれた頃から少しずつだけど、この国の面積は広くなっているらしい。
それでも、まだまだピラミッドは圧倒的に多くて、僕が生きている間に全てのピラミッドがなくなることはないだろう。
いや、全てのピラミッドをなくしてしまうかどうかは、いつも大人たちの議論の的になっているようだ。
僕はまだ子供だから詳しいことは分からないけれど、いつも父さんたちはそんな話ばかりしている。
なにしろ、この国で目に入るものと言ったら、ピラミッドばかりなのだから仕方のないことだ。
もうずっと、遠足も旅行も散歩も、どこへ行こうとも見える景色はピラミッドなのだから。
でも、いざそれがなくなるとなると、やっぱり少しは残しておきたいと思うのは僕でも理解できる。
そして、どれを残すかということがとても難しい問題だということもよく分かるんだ。
僕らが今壊しているピラミッドの隣には、かなり大きくて立派なピラミッドがある。
そして今、大人たちがそれを壊している真っ最中だ。
だけど、僕はそれが壊される前の姿をはっきりと覚えている。
もちろん壊さなければならないことは分かっているけれど、それはとても立派で壊すのは畏れ多い感じがしたんだ。
友達が一輪車を空っぽにして帰って来たので、僕はまたピラミッドをを掘り進めたんだ。
日が暮れるまで僕らは夢中でピラミッドを掘った。
明日もここでと約束をして家に帰った。
次の日学校に行くと、みんながなにやらザワザワしていた。
「どうしたの?」
「ピラミッドが大変なんだよ!」
僕が話しかけると、友達は興奮気味にいった。
「どういう風に大変なんだよ」
「ピラミッドが消え始めてるんだって」
僕は意味が分からなかったけれど、そのあとすぐ始まった朝の会で先生が詳しく説明してくれた。
「え~、ニュースで見て知ってる子もいると思いますが、国の端っこの方から順にピラミッドが消えてしまうという現象が起きています。こんなことは歴史上初めてで、その原因は分かっていません。みなさん、今日はピラミッドに遊びに行かないようにしてください」
みんなはいったい何が起こったのか不安になって、中には泣き出す子もいた。
だけど、ピラミッドが消えるという謎の現象はそれから何年も続いた。
そして、あれから20年の月日が流れた。
「ねえ、パパ、これなあに?」
僕は娘と本を読んでいた。
「それはピラミッドだよ。昔、この国にはピラミッドがいっぱいあったんだよ」
「ええ、本当?私見たことない」
「そうだね、もうすっかりなくなってしまったからね」
そうなんだ、あの現象はたった一つのピラミッドを残してようやく終わりを迎えたのだった。
しかし、それはもはやピラミッドの形を成していなかった。
最後に残ったピラミッドは僕らがほっていたおんぼろピラミッドだったから。