シルバニアダンディー
久しぶりに高校の同級生のアキ子が遊びにやって来た。
「この部屋は変わんないわねぇ」
「でしょー」
アキ子はキョロキョロと私の部屋を見回している。
「あ、ちょっと、これどうしたの?」
「うん、そろそろ捨てようかと思って」
私はこれまで何度も捨てようと思って捨てられなかったそれと、ついにサヨナラする決心をしたばかりだ。
「ええ、どうして?いいじゃん取っておけば」
「いやあ、そうやってずっと捨てられなかったからさ。もういい加減思い切らないといけないかなって」
私が大人になっても捨てられなかったもの、それは小さな人形たちがセットになったドールハウスだ。
「そうなの?じゃあ、捨てる前に一度いっしょに遊ばない?私、小さい頃これ欲しかったけど、買ってもらえなかったんだよねー」
アキ子は私の返事を待たずに、ドールハウスに手をかけた。
「あ、ちょっと、ダメだってば」
私は止めようとしたけれど、もう遅かった。
「あれ、これって、あれれ?」
「だから、言ったのにー」
そう、このドールハウスはアキ子が思っているのとは少し、いやかなり違っているのだ。
「これ、なんで動物じゃないの」
「えっと、それは・・・」
まさかアキ子がこれに食いつくとは思っていなかった。
もし分かっていたら、わざわざ見えるところに置かなかったのに。
「ていうか、おじさん?どういう設定なのこれ?」
「私もよく分かんないよ」
「だって、ゆき子はこれで遊んでたんでしょ?」
「そうだけど」
それについては触れて欲しくない。
こんなもので遊んでいた姿を想像されるだけで屈辱的だ。
それでも私にとってはお気に入りのおもちゃであったことには違いない。
なにしろ、大人になるまで手放すことができなかったのだから。
だからこそ、余計に恥ずかしいとも言えるのだけれど。
私が小さい頃、可愛らしい動物の人形とドールハウスがセットになったおもちゃが大人気だった。
私は誕生日やクリスマスにそれをねだったけれど、アキ子と同じように買ってもらえなかったのだ。
しかし、ある日父が大きな包みを抱えて帰って来た。
その中身がこのドールハウスだったのだ。
私の頭の中にはCMで見たあの可愛らしい動物たちの姿が映し出され、それが自分のものになったという喜びが私を包みこんでいた。
そのドールハウスを開ける瞬間までは。
「なにこれ、父さん、これ違うよ」
私は天国から地獄へと一気に突き落とされた。
なぜなら、ドールハウスの中にいたのは小さくて可愛い動物ではなく、小さなおじさんだったからだ。
その日はショックのあまり二度とそのドールハウスに触れることは出来なかったけれど、ドールハウスという存在はやはり小学生の私にとっては魅力的だった。
だから、くやしいけれど二、三日後にはそのドールハウスを開いて中の小さなおじさんたちを取り出し、ちまちまと遊ぶようになっていた。
もちろん顔がおじさんだから、動物の人形のような可愛さはない。
だけど、一人一人顔が違うため、ごっこ遊びはちゃんと成立するし毎日遊んでいれば自然と愛着が湧いてくる。
そんなわけで、このドールハウスはすっかり私のお気に入りになり、本家の商品名をまねてシルバニアダンディーと名付けた。
ただし、いくら私のお気に入りになろうとも、友達には見せたことも話したこともない。私一人の秘密のおもちゃだったのだ。
しかし、その秘密が長い時を経てアキ子にバレてしまった。
「だけど、これよくできてるわねー」
アキ子は私の動揺には気づかないようで、すっかりおじさんドールハウスに夢中になっている。
「やだ、みんな顔が違うんだね、へぇー」
アキ子はいかにも感心した様子で、熱心におじさんの人形を手に取っている。
「もう、いいでしょ。ほら、片付けよう」
私がドールハウスを部屋の隅っこに押しやろうとするとアキ子が真剣な表情で私のことを見た。
「ねえ、ゆき子、このドールハウス私にちょうだい」
「ええっ?なんで、本気で言ってるの」
そう言ったものの、アキ子が冗談でそんなことを言うとは思えない。
しかし、その瞬間私の中に何かが芽生えた。
「やだ、あげない」
「え、だってこれ捨てるんでしょ」
「いや、やっぱ気が変わったから捨てない」
「はあ、なんでよ。さっきまでそんなこと言ってなかったのに」
「いいでしょ別に、私のなんだから」
二人の間に流れる空気がすっかりおかしなものになってしまった。
「なーんてね、冗談冗談!」
アキ子が笑ったので、私も無理やり笑った。
だけど私は見逃さなかった。
アキ子の眉がピクピクけいれんしているのを。
ごめんねアキ子。