おはなしの森

短編・ショートショート・童話など、大人から子供向けまで、気ままに綴りたいと思います。

崖っぷちレスキュー

今日は彼と初めてのデートだ。

デートコースは俺に任せろと言ってくれたから、どこに行くのかは分からない。

だけど、きっととびきり素敵な場所に連れて行ってくれるに違いない。

なにしろ、今日は初デートなのだから。

「やあ、お待たせ」

家の前に彼の車が到着した。

思っていた以上に運転する彼はきまっている。

初デートだけど、惚れ直した。

「素敵な車ね」

車のことはよく分からないけれど、何となく雰囲気で言ってみた。

「そうだろう?」

彼はご機嫌になって、初デートの滑り出しは好調だ。

「ついたよ」

彼が車を停めたのは、海岸沿いのパーキングだった。

「へえ、こんなところ、初めて」

ここがどこだか分からないけれど、とりあえず連れてきてもらった喜びを表現してみた。

「いい眺めだろ」

彼のあとについて行くと、その先は崖のようだ。

なんだか怖いなと思ったけれど、彼はどんどん歩いていくから、ついて行くしかない。

崖の手前には柵があって、彼はそこで立ち止まった。

「写真をとってあげるよ」

「う、うん・・・」

私は海を背にしてポーズをとってみたけれど、後ろが崖だと思うと自然な笑顔が作れない。

「どうしたの?笑って」

私は無理やり笑顔を作った。

彼は写真を撮り終えると、「じゃあ、次行こうか」と言って車に向かって歩き始めた。

え、写真だけ?散歩したりしないの?

私は彼の行動が理解できなかったけれど、まだデートは始まったばかりだ。

彼の頭の中には次の予定がいっぱい詰まっているのだろう。

車に乗り込み再び海沿いをドライブした。

そのあとも、彼が立ち寄るのはなぜか決まって崖ばかり。

すでにもう5か所目だ。

「着いたよ」

そして彼が車を停めたのは、またしても海岸沿いのパーキングだった。

「この先に展望台があるんだ」

「へ、へえ」

私はまた崖なの?と言いそうになったが、なんとか踏みとどまった。

「じゃ、写真撮ろうか」

「う、うん」

「どうしたの?」

「二人で撮りたいな~、なんて」

本当はなぜ崖ばかりなのか聞きたいけれど、それは絶対に触れてはいけない、そんな気がしていた。

「俺は、崖が撮りたいんだ」

彼は確かにそう言った。

「えっ?今何て・・・」

「いや、何も。そうだね、じゃあ一緒に撮ろうか」

彼は私の隣に立つと、腕を伸ばして写真を撮った。

「うまく、撮れてるかなぁ」

私が覗き込もうとすると、彼はサッと携帯を後ろに隠した。

「どうしたの?写真見たいんだけど」

私はだんだんイライラしてきた。

「あとで見せるよ。楽しみがあった方がいいだろう?」

「まあ、べつにいいけど」

初めてのデートなのに喧嘩なんてしたくない。

私は全ての感情を飲み込んだ。

しかし、その後も彼が連れて行くのは崖ばかり。

そそり立つ崖、切り立った崖、そびえる崖、断崖絶壁、壁、壁、壁、壁ばっかり!!

「ねえ、いい加減にしてよね」

ついに私は我慢がならなくなった。

「え、どうしたの急に」

「急にじゃないでしょ。どうして崖ばっかりなの?今日は初デートなんだよ、分かってるの?」

「分かってるに決まってるじゃないか」

「だったら、ありえないでしょ。崖ばっかり見て何がおもしろいのよ?」

「はあ?逆に崖以外におもしろいところなんてあるの?」

私は耳を疑った。

「あるに決まってるでしょ、遊園地とか、水族館とか、映画とか、定番でしょ」

「定番?だったら俺の定番は崖だ。いや、崖以外の場所なんてありえないね」

「ちょっと待って、それじゃあこれからのデートはどうするつもりなの?」

「そんなの決まってるじゃないか。ずっと永遠に崖だよ」

「あー、もう無理!私帰る」

「帰る?どうやって。車は俺が運転してるって言うのに」

「はあ?家まで送ってくれないの」

「俺はまだ行きたい崖があるんだ」

「もういやよ、お願い、家に連れてって」

こいつはダメだ。私は半泣きになって頼み込んだ。

なにしろここは、どこか分からない崖のそばのパーキングなのだから。

「それはできない。俺は今日行くと決めた崖はコンプリートしないと気が済まないんだ」

「もういい!」

私は反射的に彼の車から飛び出した。

すると運よくそこに一台の車がやってきた。

「すみません、助けてください」

私は運転席の男性に向かって必死で助けを求めた。

「どうしたんですか?」

「彼が、変なんです!お願いです、助けてください」

このご時世、こんな風に頼む方も頼まれる方もリスクがあるわけで、この男性にしてみればいい迷惑でしかないだろう。

「大丈夫ですか?どうぞ乗ってください」

しかし、その男性は親切にも見ず知らずの私を乗せてくれた。

彼はと言えば、今日の予定を消化したいのか飛び出した私のことを追いかけてくるでもなく、さっさとどこかへ行ってしまった。

「すみません、どこかのバス停で降ろしてもらえば結構ですので」

「わかりました。でも、少しだけ待っててもらえますか」 

その男性は車を降りると崖の方へと歩いて行った。

「お待たせしました」

「あの、何してたんですか」

私は軽い気持ちで聞いてみた。

「ああ、崖を撮ってたんですよ」

「ええ?」

「僕ね、崖を撮るのが趣味なんですよ。今日はもう10カ所も回って来たんです」

男性は嬉しそうに今日撮った崖の写真を私に見せたのだ。

「た、助けてー!!」

私はそう叫ぶと車を飛び出したのだった。