おはなしの森

短編・ショートショート・童話など、大人から子供向けまで、気ままに綴りたいと思います。

焼肉の日

僕の国では、一年に一度だけ焼肉の日がある。

子供の頃、僕は大人になるのが楽しみだった。

だって、焼肉の日があるのは大人だけだから。

そして、ついに今日、僕は初めての焼肉の日を迎える。

焼肉の日の一週間前に、国からハガキが届く。

ハガキには、僕が行く焼肉店の名前と場所、集合時間、そして、担当が書いてある。

僕は、その日まで担当というものがあることは知らなかった。

お父さんに聞いたら、焼肉の日のことは家族といえども内緒にしておかなければならないきまりになっていると教えてくれた。

僕はもう待ちきれなくて、集合時間の30分前に焼肉店に到着してしまった。

ほどなく、僕と同じお店で焼肉を食べる人が続々と集まって来た。

「あの、僕、今日が初めてなんです」

僕は隣に並んだ人に挨拶をした。

「ああ、僕もなんですよ。ほんと楽しみですよね。だけど、この担当ってなんなんですかねー?」

その人はハガキを取り出すと、首をかしげながら言った。

「そうなんです。僕もそれが気になってるんですよ」

「だけど、まあ、ただの焼肉ですからね。なにも難しいことなんかないでしょう」

「そうですよね」

「そうですよ」

「ハハハハハ」

僕たちは、もうすぐ始まる焼肉がとにかく楽しみで、細かいことを気にするのがばからしくなり笑いあった。

いよいよ焼肉の開始時間になったので僕たちは店の中に入った。店員さんに案内された四人掛けのテーブルにつくと、さっそく大量の肉が運ばれてきた。

「うわぁ、うまそう!」

「もう、待ちきれないですね」

僕たちは、箸を持って肉をつかもうとした。

「あ、ちょっと、待ってください」

店員がやってくると、僕たちのテーブルの横に立った。

「なんですか、僕たち、すぐに食べたいんですけど」

隣の男性がムッとした表情で言った。

「あの、みなさんは今日が初めての方ばかりですよね」

「そうですけど、それがなにか」

今度は目の前の男性が、イライラした表情で言った。

「担当について、よく理解されていないようなのでご説明させていただきます」

「説明なんていらないよ。ただ焼いて食べるだけの話じゃないか」

今度は、僕の斜め向いの人が言った。

「いえ、違うんです。みなさん、届いたハガキを出していただけますか。それに書いてあることを守っていただかないと焼肉は食べられないんです」

たかが焼肉ごときに何の決まりがあるんだと頭にきたけれど、店員は断固として譲らないという態度だったので、僕たちはしぶしぶハガキを取り出した。

「裏側に書いてある担当は何ですか」

店員の言っている意味が分からなかったが、僕たちはそれぞれのハガキに記してある担当を読み上げた。

隣の男性は「焼き」、向かいの男性は「たれ」、斜め向かいの男性は「食べ」、そして僕は「感想」だった。

「では、「焼き」の方は、肉を焼くことを、「たれ」の方はタレを皿に入れることを、「食べ」の方は焼かれた肉を食べることを、そして「感想」の方は、みなさんの感想を聞いてアンケート用紙に記入してください。いいですね、担当以外の行為は禁止されていますのでくれぐれもご注意ください。では、ごゆっくり」

そう言うと、店員はさっさと厨房へ行ってしまった。

「ちょっと待て、僕、焼くだけ?」

「いやいや、僕なんてタレを入れるだけですよ」

「えっ、僕は、感想を書くだけって、嘘でしょう」

斜め向かいの男性は、そんな僕たちの反応とは裏腹に複雑な表情で黙り込んでいる。それはそうだ、その男性は「食べ」なのだから。

焼肉を食べに来て、ちゃんと食べられるのは彼だけなのだ。

テーブルには既に肉が運ばれてきている。

しかし、誰も動こうとしない。

ほかのテーブルの人たちは初めてではないらしく、もう既にこのおかしな焼肉を始めていた。肉の焼ける香ばしい匂いが店中に漂い始め、僕のお腹がぐぅーっと鳴った。

「もういいじゃないですか、決まりなんですから。さあ始めましょう、焼肉を」

僕は、恥ずかしさをごまかすために平気なふりをした。

「だけど、こんなのおかしいですよ。なんでみんなで焼いてみんなで食べちゃいけないんですか」

隣の男性が言うと、向かいの男性も「そうですよ、絶対おかしいです」と相づちをうった。

しかし、斜め向かいの男性はあいかわらず黙ったままだ。

「あんたら、今日が初めてなのか」

隣のテーブルの男性が突然話しかけてきた。

「はい、そうです」

僕が答えると、その男性は気の毒そうな顔になった。

「俺も、最初は面喰ったものさ。だけど、この国の焼肉のルールはもうずっと昔から変わらないんだ。そのおかげで、こうして一年に一度だけ焼肉が食えるんだから文句を言っちゃいけないな」

そう言うと、男性はむこうを向いて焼肉を焼き始めた。どうやら、男性は「焼く」担当らしい。

「だそうです」

僕はみんなの方を見て言った。

だけど、やっぱりまだ納得できないようで誰も動こうとしない。

「あのー、次のお客さんが来てしまうので早く始めてもらえませんか」

店内を歩き回っていた店員が声をかけてきた。

「そんなこと言われたって・・・」

隣の男性は文句を言おうとしたけれど、言葉が続かない。

「いいですか、今日の担当がずっと続くわけじゃないんですよ。次はあなたが「食べ」になるかもしれないんですから。ほら、今日のところはあきらめて、さっさと焼いてください。じゃないともうお肉を片付けますよ」

店員は、こういう場面には慣れっこのようで、すぐさま肉を片付けてしまいそうな勢いだ。

「わ、分かりましたよ。焼けばいいんでしょ焼けば!」

隣の男性は半分やけになって、トングで肉をつかんだ。そのあとは、もう流れ作業だった。隣の男性が焼き、斜め向かいの男性が食べ、向かいの男性が頃合いを見てタレを入れた。まるで熟練の技の様に見事なチームワークだった。ただ、僕だけが・・・、僕だけが蚊帳の外だった。

感想なんて担当、いったい誰が決めたんだと、僕は見たこともない誰かのことを心底恨みたくなった。

目の前で焼けている肉の匂いも、ジュージューと食欲をそそる音も、程よく焦げた色合いも、今の僕には全てが苦痛でしかない。

「さあ、これで最後だ」

隣の男性が最後の一枚を鉄板の上に置き、焼きあがった肉を斜め向かいの男性が口に放り込んで全ては終了した。

「それで、感想は?」

僕は空腹とイライラで吐きそうになりながら斜め向かいの男性に尋ねた。

「いやぁ、こんなに旨いものを食べたのは、生まれて初めてだね。君たちも、次回の焼肉の日を楽しみにするといい。まあ、「食べ」にならなくちゃいけないけどね」

満腹になって気分がいいのか斜め向かいの男性は言いたい放題だ。

「そうですか、それはよかったですね」

僕はアンケート用紙に彼の言葉を書きなぐった。

「さあ、もう出ましょう」

僕が言うと隣の男性と向かいの男性は「はぁーっ」と深いため息をついて席をたった。

斜め向かいの男性だけが膨らんだお腹をさすりながらゆっくりと立ち上がった。

僕らが店を出ると外で並んでいた老人が声をかけてきた。

「お前さんたちは、今日が初めてだったのかな?」

「なんでわかるんです」

僕が答えると「わかるさ。そんなぶっちょうずらしてるのは、初めての奴らと決まってる」と言った。

「それで、僕らに何か用ですか」

「わしは、焼肉の日が今日で30回目だ」

「へえ、それがどうしたっていうんです」

僕は、ついそんな言い方をしてしまった。

普段、他人に対してそんな口の利き方をすることがないため自分でも驚いた。

「わしの担当を知りたいかね?」

「ええっ?どういう意味です。30回もあれば、いろんな担当をやってるはずでしょう」

僕は、さらにイライラした。

「それがね、30回のうち30回とも同じ担当なんだよ」

「そんな、まさか」

僕が驚くと、老人は「わしは、30回とも「感想」なんじゃよ」と言って懐から束になったハガキを取り出した。

僕は恐る恐るそのハガキを受け取ると一枚一枚、担当を確認した。すると、老人の言う通り彼の担当は全て「感想」だった。

「こ、これは、どういうことなんです?担当はずっと、変わらないんですか?」

「さあ、わしにもいまだにわからない。ただ、こうして焼肉の日に来ないと、来年のハガキは届かない。だから、わしはこれまでずっと「感想」だったけど、次こそはと思っ

てこうしてやってきてるのさ」

「ちょ、ちょっと待ってください」

僕はなんとかする方法はないのかと尋ねたようとしたけれど、老人は「もう時間だ」と言って店の中に入ってしまった。

「今の聞いた?」

僕が尋ねると、みんなは黙ってうなずいた。

「ちくしょう!」

僕はハガキを取り出すとビリビリと破って空に向けて投げたんだ。