おはなしの森

短編・ショートショート・童話など、大人から子供向けまで、気ままに綴りたいと思います。

くらげタクシー

僕はくらげタクシーが大好きだ。

くらげタクシーは透明でふわふわしているから、見ているだけで何だか優しい気持ちになる。

今日はこれから科学館に行くから、もうすぐくらげタクシーがうちにやってくるのだ。  

僕がワクワクしながら家の前で待っていると、時間ちょうどにくらげタクシーがやって来た。

みかんの皮をむくように、扉がフワッと上から開いたので、僕はその扉の上にちょこんと飛び乗った。

扉が閉じると僕の体はスルッと車内に滑り込んだ。

一応、椅子らしきふくらみはあるけれど、車内はどこもふわふわだから、別にどこに座っていてもおなじなのだ。

「どちらまで?」

くらげタクシーには運転手さんというものはいない。

くらげ自身が運転手さんなのだ。

だから、その声も実際にはどこから聞こえてくるのかよく分からない。

「科学館までお願いします」 

僕は少し緊張して言った。

「かしこまりました」

クラゲタクシーはそう言うとゆっくり発車した。

発車といっても、その動きはあまりになめらかで、いつ動き出したのかわからないほどだ。

くらげタクシーは全体が透明だから、外の景色は丸見えだ。

上も下も全てはっきり見えてしまうから、自分が空中に浮かんでいるような感覚になる。

スピードが出てくると、まるでジェットコースターに乗っているようなスリルも味わえてしまうのだ。

どれだけスピードが出ても、くらげの体に守られているから安全なのは折り紙付きなので、くらげタクシーを好きにならないわけがない。

「着きましたよ」

くらげに言われて、僕は楽しい時間が終わってしまったことにがっかりした。

もちろん、どこかに行きたいからタクシーに乗るわけだけど、どうかすると、目的の場所に行くことよりも、くらげタクシーに乗ることの方が楽しい場合があって、そんな時は、到着したことが残念に思えてしまうのだ。

今日は科学館だから、くらげタクシーとどっこいどっこいだけど、歯医者なんかに行くときは、ずっと乗っていたいと思うのは仕方ないことだろう。

「ありがとうございました」

僕は、チケットを渡してくらげタクシーを降りた。くらげタクシーのチケットは毎月役場から各家庭に送られてくる。

特に制限はないので、なくなったら役場に電話すればまた届けてもらえる。

くらげタクシーは普通の車の様に排気ガスを出さないし、ガソリンもいらないから、とってもエコだ。

なにしろ、くらげが移動しているのだから、当たり前といえば当たり前なんだけど。

だったら、すべての車をくらげにしてしまえばなんて思うんだけど、車になれるくらげの種類は限られているから、今はまだタクシーの分しか集められないらしい。

科学館で化石の特別展を見終えた僕は、タクシー乗り場でくらげタクシーを待っていた。

僕の前には数人の子供が並んでいる。

僕は、やったぁと心の中で叫んだ。

なぜなら、僕が乗るくらげタクシー以外のタクシーを間近で見ることができるからだ。

車に様々な種類があるように、くらげタクシーもそれぞれ個性がある。

個性というか、個体差というか、形や大きさがそれぞれ違うのだ。

僕は、車マニアではないけれど、くらげタクシーマニアなのかもしれない。

その日に見たくらげタクシーをメモ帳に記録している。

今日は、自分が乗ったもの以外に、これからやってくるものが新たなコレクションに加わるのかと思うと、僕は嬉しくて、思わず前に並んでいる子たちに、ありがとうと言いたくなるほどだ。

ほどなく、くらげタクシーがやってきた。

先頭の子が乗り込むまでの短い時間に、僕はその特徴をサッとメモ帳に記録した。

次の子も、また次の子のものも記録して、僕はメモ帳を閉じた。

これは、もう僕の宝物だ。

そんなことをしているうちに、僕の乗るくらげタクシーがやってきた。

さっきよりは少し小ぶりだけど、元気がよさそうなくらげだ。僕はさっそく乗り込むと、帰り道を楽しんだ。

家に着いてメモ帳を眺めながらなんとなく夕方のニュースを見ていると、くらげタクシーのことが話題になっていた。

なんと、新種のくらげがたくさん見つかり、世界中の車は全てくらげになるというのだ。

僕は、思わず持っていたメモ帳を落としそうになった。

だって、それじゃあ、どうやったってこのメモ帳に書ききれやしないじゃないか。